畔道じかん  no.27 真砂秀朗

アグリ(農)

畔道じかん no.27 真砂秀朗

あれは3才位の時だったと思う…「神さまって、どこにいるの?」と僕は母に尋ねた。台所で料理をしていた母は、手を止めずに少し間をおいて「そうねえ、心の中にいるのよ」と答えてくれた。

田の草取りをしていたら、そんなことを思い出した。その前後はまったく繋がらないのだけれど、その2〜3分の記憶がふと浮かんで来たのだ。

梅雨の晴れ間、真夏のようなお日さまが背中にあたってジリジリするが、ずっとスタジオでアルバムを制作していた身にはむしろ気持ちが良い。

田んぼをかき混ぜる水の音に、時々急接近してくる虫の羽音に、谷に響くウグイスの鳴き声に、空っぽになった身が浸っている。

僕はその答えに今とても感謝する。きっとその後の人生にとても影響した出来事だっただろう。でも今もし僕がそういうふうに聞かれたら、何て答えるだろう。
…自然界は太陽や地球から植物、動物、虫やプランクトンに至るまで、それぞれに自立して役立ち合ながらシンクロして繋がって進化している。そこに共振しているのは大きなひとつの意識と言えるだろう。

我々人間も肉体を持つ身として自我も必要ではあるが、世界としての自分もこの身には宿している。そして世界としての自分は大きなひとつの意識と共振している…。 

この日差しの下での田の草取りは休み休みにしなければ大変だ。

トンボたちも稲の木陰て休んでいる。ああ日陰が嬉しい季節になってきたものだ。

あと半月もすれば稲はグンと背を延ばし、風が吹くと海原のように波うつ光景になる。

それは田んぼが一年でいちばん光り輝く季節だ。

そうだ、こんな答えはどうだろう・・
「私たちは皆、神さまの中にいて、私たちの中にも神さまがいるんだよ」


文/写真・真砂秀朗

エッセイ集『畔道じかん―ひとつのいのちとつながる田んぼ』
日本人の豊穣な文化を育んだ古代的稲作を通じて、私たちの心のふるさとへ回帰する旅の記録。
人と自然とが折り合う里山の棚田の四季をエッセイと写真で描く。


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