畔道じかん  no.25 真砂秀朗

アグリ(農)

畔道じかん no.25 真砂秀朗

遠く離れた家族や友人に宛てた伝言をオリオンの四つ星の四角の中に置いておくと、相手はどこかで、その四角から伝言を受け取る・・・
そんなインディアンの風習を思い出した。

秋分の真夜中、久々のチャコキャニオンで仰向けになって、宇宙と向き合う。昼間と打って変わって冷えきった大地が、かえって背中に気持ちがいい。自分のなかに知らず知らずのうちに作っていた枠組みがあぶり出されて、リセットされてしまう。

星の海がぼくの全身に写っている。

旅の最終日にタオス村の秋祭りに出会うことができた。手に手に葉っぱが繁った小枝を持ち、子供から長老まで、村の男が列になって大地を踏みしめながら唄い、時に声を張り上げ、村を清めながら練り歩く。色鮮やかな晴れ着のブランケットを羽織った女達が静かにそれを見守っている。

同じ仕草で踊っている先祖や子孫の姿が彼らの心に映り、見ているぼくたちにも、それが移ってくる。

ニューメキシコから戻るとすぐに、淡路島で開かれた縄文まつりへ。

竹を曲げてワラを葺いたドームにたくさんのキャンドルが輝く美しいステージ。

思いっきりチャコキャニオンの風景を心に映し、笛を吹いた。

音が人の心に響けば、風景も映り合うにちがいない。

国という枠組み、経済という枠組み、自己という枠組み・・自分を確立しようという思いで、主体であると錯覚してしまった自己。それが積み重なって自己崩壊にまで至ってしまったように見える文明。

でもリアリティーは、互いにうつし合いシンクロしている世界。

そのシンクロする縁のなかに自然にうつし出されて、「わたし」は見えてくるのだろう。
旅の前に干しておいた稲を一束づつ掴み、脱穀機を踏み鳴らす。

一息いれて足を止め、腰を延ばして眺めると、緑米がそろって立って実っている。
ああいいなあ・・・輝く風景がぼくの目に映っていた。


文/イラスト・真砂秀朗

エッセイ集『畔道じかん―ひとつのいのちとつながる田んぼ』
日本人の豊穣な文化を育んだ古代的稲作を通じて、私たちの心のふるさとへ回帰する旅の記録。 人と自然とが折り合う里山の棚田の四季をエッセイと写真で描く。

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