畔道じかん  no.23 真砂秀朗

アグリ(農)

畔道じかん no.23 真砂秀朗

立春までは、冬眠状態。でも時折り田んぼに行って作業もする。
何となく田んぼが火を欲しているような気がして、所々にワラを積み火を入れる。
冬の日差しの中で白煙が谷戸に立ちこめて、気持ちがいい。

この冬眠中は、今の経済や政治がほんとうに幻影のように見えてきてしまった。もう幻影に向かっていても、しょうがないなあと感じている人は多いと思う。国を家にたとえるなら、もう出家するしかないかなあと・・・

出家というのはもちろん意識のうえの事で、自分も含め、ひとりひとりの中で、もう一歩この自然のシンクロ・システムの内側に向けて意識を開こうとしている変革こそ、リアルなんだろうなあという事です。分離してしまった幻影世界から、宇宙という自然に響き合うためには、意識の自立が必要ということかな・・・

そういえば80年代にSURVIVALという曲でボブ・マーレーが歌っていた・・・

ある者はすべてを手にいれ 
ある者にはなにもない 
ある者は希望と夢を手にし
ある者は目的すら失った・・・
ある者には真実と願いが 
ある者には誇りと屈辱が
ある者は策略を企て 
ある者は道とその意味を知る・・・

兄弟達よ姉妹たちよ 
説教や議論はもうやめだ 
僕らは生き残らなければならない大いなる時代がやってきたんだ・・・

ある者はうわべを飾る 
ある者は心を失わない 
ある者はしっかり立つこともできない 
ある者はもう待つこともできない

僕らは生き残る 
この非人間的なテクノロジーの時代に生き残る 
科学の非道のなかで生き残る 
原子力という誤ちのエネルギーの中で生き残る 
一生危険を強いられるこの世界で生き残る 
僕らは生き残る                                    

「ライオンのうた」より

ぼくたち一人一人がそれぞれに、より自然へとより宇宙へと意識を変容していくにつれて、幻影の世界が消え、次の世の中のかたちや次のエネルギーシステムが見えて来る・・・
そんなことを思う冬眠でした。


文/写真・真砂秀朗

エッセイ集『畔道じかん―ひとつのいのちとつながる田んぼ』
日本人の豊穣な文化を育んだ古代的稲作を通じて、私たちの心のふるさとへ回帰する旅の記録。
人と自然とが折り合う里山の棚田の四季をエッセイと写真で描く。 


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