「自給する暮らし」由井寅子 豊受自然農

アグリ(農)

「自給する暮らし」由井寅子 豊受自然農

自然農の未来を明るいものに。
農業法人としての使命。
                                              

農の仕組みを立て直し、誰もが安心して食べられる食材を。その大きな命題を実現するべく、<日本豊受自然農> は農業法人として立ち上がった。

文・甲藤麻美/写真・依田恭司郎

ホメオパシーから農へ。

静岡県田方郡函南町。箱根連山の中腹、標高300メートルの場所に、富士山を見渡す広々とした畑が広がっている。農業生産法人 <日本豊受自然農株式会社< の畑だ。ニンジンを収穫する15名近くの方々のなかに、日本におけるホメオパシーの第一人者、由井寅子さんがいた。ホメオパシーとは、病状と同種の症状を引き起こすものを希釈して与えることで自己治癒を促すという、ヨーロッパやインドで盛んな療法だ。

「ホメオパシーの患者さんでアトピーがなかなかよくならないお子さんがいたんです。試しにオーガニックの食生活を実践してもらうと、症状がみるみるうちに改善していきました。さらに、自然農の食事を徹底した患者さんはもっと治りが早かった。そこで農家を訪ねて自然農の米や野菜の生産量を増やせないかと頼んだのですが、かえって農家の厳しい現実を知ることとなり、愕然としました。それで自分が自然農をやろうと思ったんです」

愛媛県の農家に生まれた由井さんには、幼い頃に家業を手伝った記憶がはっきりと残っていた。この記憶を頼りに、どこで学ぶでもなく農の世界に足を踏み入れていく。

「9年前、熱海にある私の家の近くに1反7畝の土地を借りて、家庭菜園を始めました。そうしたら当時私が代表を務めていた <ホメオパシージャパン< や <ホメオパシック・エデュケーション< の社員が手伝いに来てくれるようになったんです。育てていた野菜も好評で、農地を広げていくうちに、4年前、函南町役場の紹介でこの場所と出会ったんです。もう、ひと目惚れでした」

豊受自然農のある農地の周り一帯は別荘地。由井さんは農地転用で別荘がつくられてしまうことを危惧し、すぐに土地を購入。さらにホメオパシー関連の会社経営からは退き、農業法人 <日本豊受自然農株式会社< を立ち上げて、25反の畑と田んぼで本格的な農業に取り組んでいく。



農業法人という可能性。


「農業の仕組みをなんとかしなくてはという使命感を持っていましたので、農業法人でやろうと。個人のままでは私が死んでしまえば終わりですが、会社にすれば、ずっと続いていくと思ったんです。その後、東日本大震災の被災地に行って必要とされたのがレメディー(ホメオパシーに使う砂糖玉)以上に安心・安全な野菜や水だったことも、大型農業をしなければという気持ちを新たにさせてくれました」

農業法人を立ち上げるにあたり、由井さんはホメオパシーの会社の社員から数名を引き抜いた。農業の仕組みを変える。その実現のためには、同じ志を持つ人の力が必要だったのだろう。とはいえ、スタッフは農業経験のない人たちばかりだ。

「予期せず土に触れる仕事をすることになったわけですから、みんな最初はしんどかったと思います。でも今はとても楽しそうに仕事をしてくれているんです。私自身も自然農をすることで、土に、風に、雨に、太陽に、喜びと感謝の気持ちを持つことを思い出しました。法人にして本当によかったと思っています」

由井さんは現在もホメオパシーの後進育成にあたりながら、週に3日は畑に出向き、農作業に勤しんでいるという。



安心安全のために。

誰もが安心できる食べ物や化粧品をつくりたい。その想いで始めた豊受自然農の基本は、無農薬、無化学肥料、自家採取の在来・固定種を使うこと。

有機肥料はクヌギの葉、畑から出た割れた野菜、豊受自然農で飼っている牛の花子の糞、麹、椿の葉の灰。これらを発酵させてつくる。手で押してみると、まるで泉から水が沸き出るように、ボコボコと土が押し戻されてきた。生き物のように豊かでフカフカなこの肥料、畑に混ぜるのは1平方メートルあたり、たった1gなのだそう。それでもこの日収穫していたニンジンは、在来種特有の個体差はあるものの、30㎝近くある大きなニンジンが次々と収穫されていた。

「もうひとつ特徴的なのが、『アクティブプラント』を畑に散布するということです。これは75種類の野菜と果実を3年間発酵させて上澄み液をとり、レメディーを混ぜたもの。これが作物の成長を促します。9年間、失敗も重ねながら、独自の自然農にたどり着きました」
 
成功事例をつくること。

今年、畑に隣接した場所に、レトルトなどの加工食品の加工場が完成した。農産物の販売に加え、収穫した野菜やハーブを利用した無添加加工食品、無添加化粧品の製造などを行っているほか、JAや町と一緒に自然農ハーブ栽培の観光名所としての <イキネシアプロジェクト< が推進中だ。

「東京から新しい土地に入っていくには、地元と手を携え、地域への貢献も考える必要があります。地場産業を生み出し、野菜だけではなく加工食品に取り組むことで、農業法人としての経営を成り立たせる道を模索していく。本来は大型農業ではなく、それぞれが自分の畑を持って自存自衛やっていくのが理想ですが、さまざまな事情で家庭菜園すらできない方々にも自然農の安心安全な食材を供給する道を開いていく。 <豊受自然農< が成功事例となってどんどん真似をしてもらい、健全な食と農業の体系を生み出していけたらと思っています」


profile ゆい とらこ
ホメオパシーをイギリスで学び、帰国後は日本でその普及活動に邁進。その後、1反5畝から農の世界へ。2011年には〈農業法人日本豊受自然農株式会社〉を設立し、静岡県の函南、北海道の洞爺に合計50反の畑と田んぼを持ち、大規模農業への道を歩んでいる。 

book 『いのちをつくる日本豊受自然農』 ホメオパシー出版
<豊受自然農> の指針や農法をあますとこなく紹介した雑誌。野菜やハーブのつくり方から季節折々の美しい農場風景、由井寅子さんのエッセイも掲載。


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