買うべき一冊。『宮澤賢治、山の人生』

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買うべき一冊。『宮澤賢治、山の人生』

『宮澤賢治、山の人生』。なぜ、今、宮澤賢治なのか。その答えは本書のなかに。山へ、渓谷へ、森へ。賢治と一緒にどこまでも旅ができる、新たな名著が誕生した。

テキスト・甲藤麻美

1896年に生まれ、1933年に37歳の若さで生涯を終えた宮澤賢治。その短い人生のなかで、独特の感性からいくつもの名作を生み出した。一方で賢治は、山歩きを好み、大変な健脚であったといわれている。本書は、賢治が残した作品のなかから、山歩きや自然との触れ合いが育んだ作品を抽出。その1編1編に編著者による解説を加える形で構成されている。

本書に収録されている賢治作品の選定は、童話や詩はもちろん、創作メモや賢治が送った手紙にまで及ぶ。全文が掲載されているものはむしろ少なく、主たる作品はその一部を抜き取る形で綴られている。そこに並んだ作品は、例えば風の吹き方ひとつで春が訪れる喜びや、いいようのない寂しさ、気温や時間まで伝えるような、珠玉の文章ばかりだ。自然とともにあった賢治が、執筆のなかで匠に自然を操っている様を、この選定は見事に浮き彫りにしている。大きな文字と丸みを帯びたやわらかな書体でレイアウトされているのも、さらに賢治の世界観に陶酔できる仕掛けだろう。


これらの賢治作品をより輝かせているのが、秀逸な解説文だ。ひとつの作品が終わると、「解説」と事もなさげに前置きされれてその文章は始まる。賢治の作品そのものの読み解き方はもちろん、当時の賢治のおかれた状況が記され、作品への理解を促している。かと思えば、逆に賢治の描写を発端に、山や花、自然の魅力を紹介。さらには『山と渓谷』を著した田部重治、民俗学の柳田國男、登山家の冠松次郎といった、直接賢治とはかかわりのない著名な作家や登山家らが綴った文章の一節を引用しながら、多角多面に賢治の世界観、そして山の世界へと誘っていく。この解説は決して賢治の作品への添え物としてではなく、賢治作品と解説が一対になって昇華したものだ。

最後に特筆したいのは、本の装丁である。めったにお目にかかることのないハードケースに大切に収まり、和紙をすかしに使いながら、フランス装という装丁方法を用いた本書。さらに中ページは角を丸く切り取るというこだわりよう。本を読み進めれば、編著者の賢治や山への造詣の深さと、しっかりと愛情を注がれて生まれたことが伝わるその中身と装丁が、まるで奇跡のようにピッタリとマッチしていることに気づく。電子書籍が台頭してくるなかで、この本だけは、紙として手元にずっと置いておきたい。「本」というものの存在価値を呈する一冊だ。



『宮澤賢治、山の人生』 

発行所/株式会社エイアンドエフ 編著/澤村修治 絵/よこてけいこ

2,400円+税

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