松永孝義についてのNOTE。

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松永孝義についてのNOTE。

日本を代表するベース・プレイヤー、松永孝義が56歳でその生涯を閉じてから、丸2年が経とうとしている。彼の演奏を聴いたときの大木のような安定感、ステージ後方から存在感を放つ佇まいは、今でも鮮明に覚えている。松永はMUTE BEATの伝説的なレゲエ・ベーシストとして名を馳せ、その後はカルメン・マキやジョー山中、ヤン富田、UAなどのサポート、さらにはロンサム・ストリングスなどで手腕を振るってきた。そんな彼の生前のライブ音源を集めた『QUARTER NOTE』がリリースされた。ここでは古くから親交がある、ROVOやオルケスタ・リブレで活躍するドラマーの芳垣安洋、ロンサム・ストリングスのギタリストである桜井芳樹、ボーカリストの中村まりの3人を迎えて、ベースマン=松永の魅力を語ってもらった。

文・伊藤大輔/写真・北村勇祐

松永と最初に出会ったとき、「出会った当初は無口な人」と語る芳垣、「しゃべれなかった」と言う中村の言葉からも、寡黙な一面が伝わってくる。

「スタジオにいるときに『そんなに気を遣わないでよ』ってだけ言われたことがあって。そのひと言だけで、話がはずんだりはしませんでしたが、何でもお見通しなんだって思いました」(中村)

そんな松永、実はお酒が大好きで、酔うとよくしゃべり、お茶目なところもある。ツアー中に起きたハプニングについて、芳垣と桜井はこう話してくれた。

「松永さんはサザン・ソウルが大好きで、名古屋のTOKUZOというライブハウスにはレコードがたくさんあるので、松永さんに『レコードをかけてくれ』って言われて、終演後に僕はずっとDJをやっていました。飲みすすめるうちに松永さん、踊り出しちゃって。(松永さんは)足が悪かったから、みんなで『倒れる!』って支えたりしたんだけど、それでも踊るのを止めなくて。そういう一面もあるんですよ。ライブ会場から宿までかついで帰ったこともあります(笑)」(芳垣)

「ツアーのとき、楽器以外は黒いリュックをひとつ担いでくるだけで。その中には紺のTシャツとチューナーとケーブル、それといいちこの酒瓶くらいしか入っていないようでした」(桜井)



普段はもの静かな人間こそ、何か違う一面が見えたときのインパクトは印象に残るもの。中村も同じような経験があると言う。

「松永さんは盛り上がればすごく話すんだろうなっていうのは、端々に感じることがあって。ロンサムのライブのMCで、たまに『俺も混ぜろ』ってなるときがあって。いきなりだからビックリするんですけど、松永さんが盛り上がっていると、不思議とこちらも楽しくなっちゃうんですよ」

寡黙だけどお酒好きでユーモアもある……そんな松永がスタジオやステージでベースを手に取ると、ピリっとした緊張感に包まれる。3人は実際に音を一緒に出したときに、どんな印象を持ったのだろうか。まずは中村に語ってもらった。

「松永さんは私が迷っているときでも、答えを言わずに、自分で感じ取ってくれっていうタイプ。親切ではないけどその分、フルに五感を使って音楽ができるし、緊張感も生まれます」

芳垣と桜井はバンド以外に、CM音楽などのスタジオ仕事を松永と共にしていた。特に桜井は松永と知り合う以前から「音が好きだった」と語る。

「音を鳴らしていないときの動きが見えるんです。松永さんは普通にやっているようでも、その音は全然普通じゃない」(桜井)

「あそこまで音数の少ないベーシストはまれだと思います。必要な音だけを見極めて、まわりの演奏者に空間を提供できるので、そこから自然と音楽が発展していくんですよ。その『場を作る』ということにおいては天才的でした」(芳垣)



松永は長年にわたりタンゴのベーシストとしても活動するなど、実に幅広い音楽を奏でていた。そんな松永はミュージシャン同士である3人の目に、どう映っていたのか。スタジオでのエピソードを話してもらった。

「松永さんは音大も卒業しているし、自分が思った通りに弾いただけという感覚的なタイプでもなく、ちゃんと考えている方だと思います。(中村)まりさんが言うように、人に無理強いはしないけど、『俺はここでやっているから分かってくれよ』っていう、無言の主張はありました」(芳垣)

「ロンサムの録音現場で、僕が松永さんにある曲のひとつのパートで『ベースで遊んでほしい』ってお願いしたら、ただ一音をボーンと伸ばして、不敵な笑みを浮かべていて……松永さんらしいなと思いました」(桜井)

松永の演奏を聴いていると、例え音楽のジャンルをまたいだときでも、彼の演奏だと感じさせる<何か>が存在する。優れた演奏家でないと出来得ないことだが、そんな〈松永らしさ〉をどう捉えているのだろう?

「僕らは日本人だからタンゴにしろレゲエにしろ、トラディショナルな演奏をしても、現地の人とは出てくる言葉が違ってくる。でも、松永さんの場合はそうしたときに、共通する『松永さんの言葉』がはっきりと聴こえてくるんだと思います」(芳垣)

「松永さんは個性を出そうという意識すらなく、ごく自然にそうなっているんですよね」(桜井)

口では語らずとも、そしてベースの音数が少なくても、松永の指が生み出す音色は雄弁に物を語る。これほどまでに裏方=ベーシストとしてミュージシャンシップに溢れた人物だと、中村は振り返る。

「松永さんとは友達感覚でもなく、ちょっと突き放されたところでの関係性と言うか、音と音との対話の中で自分で感じて学びとっていくというものでした。今にして思えば、それが気持ち良かった。今後、そういう方にはあまり出会えないんだろうな、とも思っています」(中村)



松永孝義
1958年東京生まれ。クリームやビートルズを聴くロック少年を経て、高校時代にジャズのウッド・ベースに魅了され、コントラバスを学ぶ。1980年代にはMUTE BEATにて活躍。以降はジョー山中、カルメン・マキなどの数多くのアーティストのサポートを手掛ける。近年ではロンサム・ストリングスでも活動していたが、2012年7月に肺炎のため逝去。6月18日に未発表ライブ音源CD『QUARTER NOTE』がリリースされた。


中村まり
女性シンガーソングライター。幼少の頃からアコースティック・ギターに親しみ、トラディショナルなフォーク/カントリーなサウンドを聴かせる。ソロ活動以外に、ロンサム・ストリングスとも2枚の作品を残している。


桜井芳樹
東京生まれ。エレクトリック/アコースティック・ギターの他にマンドリンやバンジョー、ブズーキなどもこなす。ロンサム・ストリングスを率いるほか、ストラーダにも参加。作曲/編曲家、プロデューサーとしても活躍する。


芳垣安洋
関西のジャズエリアでキャリアをスタートさせ、渋さ知らズなどに参加。上京後はデート・コース・ロイヤル・ペンダゴン・ガーデンやROVOなどのほか、自身ではオルケスタ・リブレを主宰するなど精力的に活動する。



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