『生命平和』を東アジアから 正木高志インタビュー

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『生命平和』を東アジアから 正木高志インタビュー

文・写真=片岡一史


あれから5年が経った

2011年3月11日の東日本大震災。そして、福島第一原子力発電所の事故。この時を境にして、数多くのことが変わった。
その直前、2月、熊本県菊池に、正木高志さんを訪ね、お話しを聞いた。そして震災。
正木さんは、60年代、インドを旅し、80年代に帰農。おうかがいしたころは、「人間が病んでいることと、自然が病んでいることは同じこと」という考えのもと、森の再生に力を注いでいた。
また、憲法9条を守るために、「ウォークナイン」というムーヴメントを、日本のみならず、韓国でも行っていた。
そして先日、2016年7月、正木さんから連絡があった。
長い間かかって書いた原稿を、本にしたんだけれども、もっと多くの人に読んでもらいたいからリニューアルしたい。手伝ってほしい、とのこと。
喜んで引き受け、その制作の途中、熊本県菊池、アンナプルナ農園の正木高志さんを再訪した。

『非二元』のマインドセットへのパラダイムシフトを

その本は、最初、『empty sky』というタイトルだった。『虚空』。
原稿に手を加え、タイトルもあらたに『生命平和』となった。

「僕の場合は、311の後に、みんなと同じように、言うことがなくなって、言う言葉がなくなって、それから数年経って、徐々に出てきた言葉が、5年も6年もかかって、この『empty sky』になりました。『非二元』というマインドセットの基本。『二元』という西洋文明のマインドセットから、『非二元』のマインドセットへというシフトと、そこから展開する『生命平和』というビジョン。新しい<文明>のビジョンです。完全なパラダイムシフト。『現代文明』から、次の『地球文明』へ。
その『地球文明』っていうのは、『現代文明』に比べて、どういうような<文明>なのか。
たとえば、アメリカンドリームから、どこへ行くのかというときに、『生命平和』というところに行くって、地球はね。
そうしなければ、もう、サスティナブルではないですよね」

同じマインドセットから、いまの問題は解決できない


もしかしたら憲法が変わってしまうかもしれない。自民党の改憲草案や状況から浮かんでくるのは『富国強兵』の4文字。それに対して『生命平和』というビジョンを。
戦後70年、日本に戦争はなかった。しかし福島では事故がおこった。自然とともに平和であるために、『平和憲法』から『生命平和憲法』へ。
『生命平和』というタイトルは、新しい文明のテーマでもある。

「人は満たされたいという思いがある。だったら何によって満たされるか。モノによって満たされないっていうことは、もう、明確になっていて、それはセックスによっても満たされない。酒を飲んでも満たされない。ドラッグか? それもどうも違う。
そうすると何によって満たされるのか、その満たされ方ですよね。
その喜びが、『aloha』ということと、『om』という喜び、そこにいくんじゃないかと。
幸せの本質。『人はなんのために生きているか』とか『私は誰か』という本質。
それが、この何十年間、ずっと世界中の若者がインドに向かっていた理由だと思うんです。
インドっていうのは何かって言ったときに、インドは、『アドヴァイタ』です。『アドヴァイタ』っていうのは、『非二元論』です。 
この『非二元』が新しい文明のマインドセットです。
911、311、っていうのは何かっていうと、現代文明の剥落現象で、崩壊です。崩壊して、このまま崩壊が激しく続くと、沈没するでしょう。
それに変わるものを僕らは求めているわけで、それは何かっていうときに、それはその一番の根源のマインドセットです。
デカルトが『二元論』を現代文明のマインドセットとして立てたように、現代文明を超えるマインドセット、それが『非二元』です。
『非二元』っていうのは何かというと、<分かれてない>っていうこと。人間と環境は分かれていない。誰ひとりも、分かれていない。
『非二元』のマインドセット、そのあいだ真逆は、自然はむこう、人間はこっちという、そうすると平気で原子力発電所を作る。海を汚しながら再稼動する。このマインドはどこからくるか。
それで痛みも何も感じない、その考えはどこから来るか。
それは、別々のものと思っているから。
自然から奪えるだけ奪おうとする。もしくは日本人どうしであっても、他者から奪えるだけ奪って、自分だけが利益を上げるっていうのが1%。グローバリズムっていうのはそういう世界。だから、『二元論』の極点です、これは。

果実性と樹木性

「実際、自分は自然以外の何ものでもないんです。
同じような思考で、たとえば、りんごの実は、実として存在して、味もある、においもする。美しいものだけれども、このりんごというのは、果実であることよりも、木、そのもの。実と木は別々ではない。
では、りんごの実は、りんごの木の一部かというと、そういう見方もある。別のものとする見方もある。
別のものとする見方が『二元論』です。
一部であるという見方は条件つき、これは一体感です。『非二元』。
でも、りんごの実も、木そのものでしょう。木以外の何ものでもないという立場に立つとき、これが一番のベースであって、木はみんなそう思っています、りんごは自分だって。実だけが、木を忘れているから、私は私と思っている。木は自分、これが<本来のリアリティ>です。
だから僕らは自然と一体なんです。
そしてそのように自分たちは、神、そのものなんです。
インドで語っているのは、みんな、これです。お釈迦さまが語っているのもこのこと。『Aloha』もそうですね」

『非二元』の至福の喜び


「もうだいぶ前のことですけれど、女房がガンになったとき、絶望感におそわれて、どうしようかと考えた時に、僕は、女房の病気がよくなるために、これは環境が病んだから、この病気をみんなが受け取るようになったんだ。だから、環境から癒していこうと思って木を植えることをはじめたんです。そういう悲観的な思いから木を植えるということを始めたんだけど、実際、木を植えたら、植える行為も育てる行為も、『喜び』なんですね。うれしくってうれしくってしょうがない。森を育てるのが。
自給自足で畑をやって、トマトを収穫して、お米の収穫があった、野菜ができたっていうのも『喜び』なんだけれども、それと一桁違う『喜び』がある。自然のために木を植えて、森を育てるということが。
最初は何かわからなかった。だんだん後で、何年かかかってわかってきたんだけど、あれは、僕らが木を植えたことを、森が喜んだんですね。自然が喜んで、山とか海が喜んだ。喜んで、その喜びを僕は感じていたんだと思う。喜んで抱いてくれた。自然に抱かれたら、つまり、alohaのお母さんですよね。Alohaのお母さんに抱かれたら、もう、蕩けてしまって何にもほしくないです。うれしくってうれしくって。
それで僕は、1日中、山のなかに入って笛を吹いていた。歌がいっぱいできました。あの頃。本当に山から下りてこなかったですね。
この喜びを味わったら、何もほしくなくなる。
モノもお金もいらない。最低でいい。風の味、水の音、葉っぱが落ちる時……あれは、なんて言ったらいいんだろう、ため息みたいなのがあるんです。そういうものを感じた、その喜びが、アートの根源にあるじゃないでしょうか。
僕はそれを『aloha』って言うんだと思う。それをもうひとつ、別の言い方をするときに、同じようなことを、これは自然との一体感、分かれていないという感覚で言うんですけれども、瞑想をする時に感じる平安というのは、これはなんともいえない、大いなるもの、自分は『それ』であるという一体感、その一体感に触れるときに、不満足は全部消えます。完璧に満たされる。このことをインドのグルたちが教えている。インドのお坊さんたちが教えるのはそれ。この喜びがあるということをね。自然に抱かれる喜びがある。ブラフマンの海に溶けていく喜び。これが『非二元論』の文化なんだと思う。これはアジアに、もともと、あったんです。ところが、西洋がやってきて、その国々を支配していって、植民地にしていって、そして、日本はそのやり方をまねて、『富国強兵』っていう方向に向かったんですね」

自然からのメッセージという そこにある真実は?


「個性を持つ、個人、ヒューマニティを持つということは重要なんですね。これはデカルトが『二元論』、つまり、ヒューマニズムというものを唱えだしたときには、西洋の教会の絶対的な一元論の支配にあった。それに対して『生きている私は人間だ、自分で考えている』こう言い出した。それがヒューマニズムの始まり、科学の始まり。だからそれは重要なんですよね。だけど、それにはまってしまって『分かれていない』という、リアリティを忘れてしまったというところに問題があるんです。つまり、両方あるんです、僕らには」

311とそれに続く数々の大きな災害が、日本でおこっている。これは「自然」からの何らかのメッセージなのではないか。そのメッセージをどう受け止めたらいいのか、ということを考えていた…

「自然からのメッセージというのは、時々、使われる言葉ですね。もっと具体的に言うと、メッセージの主体は誰だと思いますか?
そこにはメッセージを与える主体があるはず。
人格みたいなもの。人格を超える、もっと巨大な人格……、グレートスピリットみたいな存在がある、そういうふうに思いますか?
科学的には、それは見えないから、人々は否定しようとします。
だけど、直感的に言うと、どう見ても、そう思わざるをえないような現象がおきている。
阿蘇山の地震の時も、僕はすごくそう感じました。すごく強いメッセージを感じるわけです。意図を。
りんごの実の意識みたいなものだと思うんです。
僕らには意識がある。だから考える。考える自分を見ている意識がある。ここに。それが自分。この、自分を見ている自分の意識というのは、この本体は何かと言う時、これはやはり樹木の意識の一部分であるし、樹木の意識、そのもののはずです。つまり、自然の意識が、僕らの意識の主です。
自然に意識があるのかなと僕らは思うけど、そうじゃなくって、命あるものすべての総合的なものに意識があるということ。それをグレートスピリットと言うんです。
原発が壊れたというのは、これは明確なメッセージなんです。これが『非二元の意識』です。
現代文明が終わって、新しい文明が来る。
そこに対して、たとえば、福島でが起きたことというのは、その意識から見たら<原発を作らないための憲法を作って、『日本人やめなさい』>っていうことです、そのメッセージは。
人間社会、『実』の社会は、資本主義社会だし、経済社会だし、社会が大切だからといって国家意識のなかで、こうしましょう、ああしましょう、って言っています。
この意識は必ずしも、『木』の意識と一致していません。
むしろ国家の意識は木の意識からはるかに離れてしまった。
そうすると、木の意識に戻る人たちが必要なんです。これが健全な意識です。
木から離れてしまった意識は、今後、消えていくでしょう」


9月におこなわれた「NO LIMIT 東京自治区」の企画のひとつ、9月16日、新宿、イレギュラー・りズム・アサイラムで開催された正木高志さんのトークライブにも、東アジアの方々がいらっしゃっていた。

東アジアのグローバルピープルがつながりましょう

「たとえば、明日の朝、東の空に日が昇らなかったら、どうなりますか?世界は。
僕は、よくこの冗談を言うんですが、太陽は決して昇らないんです。太陽が昇るように見えるのは、自分中心に見ているからそう見える。西に沈むように。これは当たり前です。
地球の自転ということを思ったら、つまり、太陽中心の意識になったら、決して太陽は昇っていない。何も変わらないわけです。
これが地動説と天動説です。僕たちは、太陽が動いているように見えるけど、本当は、自分たちが回っているんだって知っていますよね。
同じように、環境がお母さん、中心なんです。それなのに、僕らには、自分中心に環境があるように見える。だから自分中心の見方に従ったら間違ってしまうっていうことなんです。
環境が主であって、それがあるから自分たちの生活ができるんですっていうこと。いまは逆。経済が優先で環境が二の次という、つまり、命優先じゃないわけです。経済優先。そして『富国強兵』へ。
私たちは、真理に従う必要がある。それが僕らの生き方の規範になる。
人間中心に、環境は見えるけれども、それは真実ではないというのは、太陽が回っているように見えるけど、それが真実ではないのと同じようなこと。
太陽が地球のまわりをまわっているという方法論で憲法を作っていったら間違ってしまう。
中世のキリスト教社会が間違っていたように。
それに対して、デカルトやガリレオ・ガリレイたちが、違う、地球が回っているんだって言いはじめた。これが科学のはじまり。
同じように環境と人間の関係は逆転すべきなんです。
根源は『非二元』ということ。結局、そこに行き着く。そこから出発する」

真実を求め、知り、表現し、つながっていく

「この話しは、普通の人には話しにくいかもしれないけれども、東洋の人たちには、わかりやすいんです。元々ベースにその思想がありますから。中国の人たちにも、この『非二元』の話しは、すぐ通じるんです。そうだそうだってみんな言う。彼ら、共産主義の思想とか、これは西洋思想ですけどね、全部、『二元論』です。それに対する違和感があって、そこにこの『非二元』の話しをすると、みんなうなずく。韓国も同じ。
60年代にウェイブがあって、あれば現代文明からドロップアウトする文明だった。
いま、ドロップアウトした世代が、着地する必要がある。
その着地するところが、僕は、東アジアだと思う。その文化が生まれる。日本じゃない。国家じゃない。『非二元』だから地球。グローバルピープルというのも地球市民という意識です。グローバルツリーのグローバルピープル。国家の国民ではなくって、僕らは、グローバルピープル。地球市民です。『非二元』の意識です。
国家意識から、いかに脱出するかというのが今の僕らのストラテジー、戦略として重要な方法なんです。だから国を超えた集まりが必要。
今、僕らは、ナショナリズムで分断され、力がそがれています。
辺野古、高江、チェジュ、これ以上好きにされることはない。それは、僕らが地球市民の意識にたったところで、初めてできる。国家意識を捨てるということ。だから日本語から出る必要がある。日本語を超えるコンセプトがそこにある。
そこにリアルな喜びがある」

文化は国境を超えて


「地球というと、日本人の場合、多くの場合、欧米と一体化して、だけど隣の国とは仲が悪いというまま。だから、そういう意味では東アジアというコンセプト、そこに自分のアイデンティティを置くという、つまり、東アジアの地球市民たちのなかでの文化というものに、僕は今、一番、とっかかっているんです。そこの可能性に。
東アジアにシフトしていく。
僕らが日本というアイデンティティにとどまっている限りここには先がなくって、そこで、東アジアに自分たちのフィールドをシフトする。そうすれば、はじめて、99%の文化が生まれるはず。東アジアの。そのシフトが必要だから国々で行き詰っている」

空を飛ぶように 蝶のように


「最初は、9条を守るために韓国でも『ウォークナイン』をやりました。憲法9条を守るためにっていうテーマでずっとやってきているうちに、国を超えなきゃって。つまり、憲法9条がなんで今こわされようとしているかっていうと、ヘイトクライムで壊されようとしている。それは彼らがあらゆるメディアを使いながらキャンペーンをやるわけじゃないですか、ヘイトキャンペーンを。これは中国でも韓国でも同じパワーがあって、お互いにナショナリズムをあおっている。それが9条はいらないっていう理由になっている。これを壊すには、ピープルが手を結ぶ、人々がひとつになるしかない。国を超えなければ憲法9条は守れない。
つまり、東アジアとして守っていく。
原発も東アジアとしてなくしていく。
この視点が、いま、必要なんです。
9条の問題と同じように、韓国にも38度線の問題がある。辺野古と同じ問題がチェジュにもある。まったく同じなんです。それぞれの国の同じグローバリズムの力が働いている。グローバリズムのほうは国のピラミッドを超えていて、そして、それぞれの国をナショナリズムで、つまりグローバリズム+ナショナリズム、っていうのが彼らの方法、戦略なんです。
なぜ、これほどヘイトクライムを煽るかっていうと、アジアの人たちがひとつになるっていうのを一番おそれているからなんです。やられたら、彼らの目論見がこわれてしまう。そこが僕らの力になる。間違いなく。
それを彼らは強い力でおさえる。
しかし、ピープルがひとつになる。
僕らは増えている。
ピープルが99%近くなっているから。以前は、ピープルっていったら、50%か、60%ぐらい、ほとんど中流意識を持っている人がいて。
だけど今は、トップが小さくなったから、ピープル、裾野が広がっているんです。
江戸時代末期から明治維新にかけて、藩から日本にビジョンを変えていったようなものです。国を超えなければいけません。
東アジアの文化の誕生が求められている。だからいきなり地球文化ではなくって、隣の国、東アジアの文化が生まれなければと思います。
そしてもうひとつは、なぜ東アジアかって言うと、西洋文明の西洋マインド、西洋的なマインドセットの時代が終わりっていうことだから。西洋的なマインドセットで生まれた問題を解決するのは、非西洋的なマインドセットの文化なはずで、それはアジアですよね。そういう意味でも、東アジアが、今、世界で一番、可能性を持ってくる。
すべてのそれぞれの国家は『富国強兵』です。それに戻れと言っている。『富国』というのは『経済』。その反対が『命』。お金ではなくって、『命』を大切にしようと。『強兵』ではなく『平和』。
それで『生命平和』っていう言葉を使っているんです。
『富国強兵』文明を超える文明のビジョンとして『生命平和』。それが東アジアの『生命平和』。
それが東アジアの99%のビジョンとして、それを書きたいと思ったんです。

私たちも国を超えていく。そこに『生命平和憲法』

「トップは、もう一度『富国強兵』に戻ろうとしている。それに変わるものを僕らは持っているかっていうと、いままで出てないんです。それを言葉にして言うならば、『命』と『平和』なんです。
『生命平和』っていうのを韓国で言うと、みんなわかってくれる。これが韓国では環境平和運動にも使われている。
『生命平和』は中国でも、このまま使えます。漢字で出すと、彼らは、一目瞭然にわかる。
『生命平和憲法』です。
『平和憲法』っていうよりも、生物多様性が平和であるという、これは僕は理想だと思います。
今言われているように憲法改正が阻止できたら、60年代に誕生したみたいに大きな文化的な変動がおきると思います。これが引き金、起爆剤になるはずです。
そして、東アジアのウッドストックみたいなものが起きるというビジョンがあるんです。
チェジュ島でおきるか、沖縄でおきるか、台湾でおきるかわからないけれども。
それをしかけるようなメディアが必要ですよね」

次の世代への教科書として


「『非二元』のマインドセット、このレセプターを最初から備えてきた世代がいます。これはびっくりで、韓国に行っても、中国に行っても、パーンって開いて受け入れてくれる。そういう出会いがあるんです。
これは、やっぱり嗅覚で来ると思います。匂いで。
そういう人たちがいるところに、ちょうど花が咲いているところにハチが来るみたいに。これは心配しなくっていい。
花が咲けばハチが来る。
花が咲くことが重要なんです。
『非二元』の花が咲けば、それを求めているハチがやってくる。いっぱいいます。
新しい子供たち、若者たちは、みんなそうです。そして、そういう感性を育てること、それを「ふくしま文庫」で、そのための教科書を作りたいんです。一番重要視しているのは教科書を作ることです。原発をなくす時代の子供、人を育てる、原発をなくす人たちを育てる教科書。いまある学校の教科書は、全部、原発を作る人を育てる学校と教科書です。
それを安倍首相たちはさらに、戦争をする子供たちを育てようって言っている。愛国教育。
まったく真逆。
でも、本当に、世界が必要としているのは、原発をなくす人を育てる学校と教科書です。だからオルタナティブスクールが必要で、オルタナティブな教科書が必要なんです。普遍的な、シュタイナー教育とか、そういう名前のある、普遍的な教育っていうのがひとつあるけれども、それと同時に時代性を持った教育としてのものが必要だと思いますね。
それが戦争をなくす子供たち、それから、原発をなくす子供たちに、どういうようなことを伝えていくか、教育を、学びを与えるか、というときには、この根源に、『非二元』があるはずです。そうすると、彼ら、彼女たちが持っているレセプターが開くはずです。

『地球文明』の花を東アジアに咲かせましょう

311の前までは、木を植えるとか、自然と人の統合ということ、『非二元』の世界で『aloha』の意識でやってきたんだけど、ここに来て、憲法9条の問題、国民投票の問題が出てきている。『富国強兵』を社会が意識し始めている。
自然と人間だけではなく、東アジアでつながるという、これは一気に時は来ているし、気運でしょうね。そういう時なんだと思います」



Information

『生命平和』(発行:ふくしま文庫 著:正木高志)
※お問い合わせは…
maisamasaki@gmail.com

2016.10.14~16
国を越えて 平和をつくる
国を越えて 生命をまもる
国を越えた 地球市民たち
「花鳥村祭」
「生命平和な東アジア 地球市民会議」

【場所】花鳥村(アンナプルナ農園)
フェイスブック「生命平和な東アジア&花鳥村祭」
【主催】東アジア地球市民実行委員会
【問い合わせ】花鳥村/正木高志 maisamasaki@gmail.com

profile
正木高志

1945年生まれ。60年代インドを遍歴。80年代に阿蘇で帰農。アンナプルナ農園をひらく。2000年から植林活動をはじめ、森を育てながら森に抱かれて暮らしている。森林ボランティア「森の声」代表。憲法9条をまもる巡礼「ウォーク・ナイン」主宰。2014年から「ふくしま文庫」プロジェクトをスタート。著書に『木を植えましょう』『出アメリカ記』『蝶文明』『空とぶブッダ』など。CD『grounding songs』。

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