パンクと祭りをひとつのバンドとフェスに混在させる意識 永山愛樹(TURTLE ISLAND)

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パンクと祭りをひとつのバンドとフェスに混在させる意識 永山愛樹(TURTLE ISLAND)

在日韓国人として生まれ育ち、英国のパンクと日本の祭り囃子で音楽に目覚めた。自分の細胞が踊るようなライブを手にするためにTURTLE ISLANDが生まれた。

文・クリススカル/写真・北村勇祐

自分の一番奥にあるもの。

–– 和太鼓や篠笛をはじめ日本、各国の伝統楽器など、さまざまな地域や国の音を集合させ、ひとつのバンドの音として放出させているTURTLE ISLAND。その中心人物が、ボーカルの永山愛樹さんです。まず、愛樹さんのバックボーンを聞かせてください。

愛樹 祖父が朝鮮半島から日本へやって来て、各地を転々と働きながら親父が生まれ、そして俺が生まれるあたりに豊田へやってきたんですね。家の食事や行事などはまるっきり韓国の文化でして、法事やハルボジ(祖父)の誕生日など親戚が集まる宴会では、キムチやらチヂミやら韓国料理がズラリと机に並び、酔ってくればリズムに乗せ誰かが謡ったり踊ったりという光景がありました。けれど家の外では日本の学校に通い、普通にみんなと同じく日本文化で育ったので、両方いいとこどりにナショナリティというものを客観的に見つめながら育ってきたように思います。自分の住んでいた地域には地元のしっかりしたお祭りは無く、また、そういったもんに憧れがありました。祭囃子や盆踊りなんかの民謡が異常に好きで、小学校では郷土芸能クラブに自ら入り獅子舞を習ったりしていたんです。

–– TURTLE ISLANDを結成する前は、パンクバンドで活動していたんですよね。

愛樹 パンクバンドは中学生から。小学校の高学年でTHE BLUE HEARTSなどに出逢い「これだ」と。同学年に、パンクバンドが6つとか7つとかありましたね。そんな中学校だったんですよ。

–– そして1999年にTURTLE ISLANDを結成する。

愛樹 パンクバンドでヨーロッパツアーに行ったんです。ヨーロッパで演奏して「なんか違うな」と感じたんです。自分の表現が恥ずかしくなってしまったんですよ。当時の自分はイギリスの音楽、パンクやハードコアにもろに影響を受けたそのまんまの音楽をやっていまして、それをイギリスで演奏したら、自分という存在そのものが見えなくなってしまった。帰国して、すぐバンドを止めてTURTLE ISLANDを結成したんです。

–– 最初から、十数人という大所帯のバンド?

愛樹 最初は3人でした。太鼓ふたりと俺。打楽器と謡というのは、音楽の原始的なものです。言いたいことをポエトリーリーディングみたいにしてみたり、曲みたいなものを作って謡ったり。やっているうちに、周りの人間がおもしろがってメンバーが増えていったんですよ。2000年には十数人になっていました。

–– イギリスで感じた「恥ずかしかったこと」とは?
愛樹 自分が借り物のふんどしで土俵に上がっているみたいに感じて。ジャンルにとらわれないで、自分たちの奥から湧き出る音楽をやりたいと思ったんですね。でもパンクは大好きで、精神面などいろんな事を学びました。そして獅子舞やお囃子、韓国の音楽など、自分のルーツであり自分たちの遺伝子に入っているようなものをごちゃ混ぜにして、自分たちの細胞が踊るような音楽をやりたいと思ったんです。

–– 自分たちから溢れ出ていくものを音楽で表現している。だからこそ、TURTLE ISLANDだけが持つオリジナリティを放出しているのだと思います。

愛樹 いろんなものを外していったら、誰もが素っ裸の「自分」を出すことになる。それが、そのバンドやその人が持つ個性というか核なわけで。一番奥にある「なぜ自分は音楽をやりたいのか」ということを掘っていくこと。それが大切なんじゃないかって、イギリスで感じたんです。



世界でライブすることの意義。

–– 2014年には、イギリスを代表するビッグフェス<グラストンベリー・フェス>に出演を果たした。TURTLE ISLANDは海外のツアーも多いですよね。

愛樹 最初に行ったのはバスク(スペイン)でした。その後、モロッコ、中国、ニューヨーク、2回目の中国、そして<グラストンベリー>など5カ所のフェスを巡ったヨーロッパ。最初のバスクのときは、自分たちが海外でライブをすることに対して、ぶっちゃけ戸惑いも少なからずありました。

–– 中国とヨーロッパやアメリカ、いわば東洋と西洋とでは自分たちの気持ちの入り方は変わるものなのですか? 地域を分けてしまうようなこんな質問こそ、TURTLE ISLANDの音楽の前ではナンセンスだと思っていますが。

愛樹 ヨーロッパやアメリカでは、どこか構えてしまうとこも少なからずはありましたね。俺たちがライブをして、眼の前にはお客さんがいる。その構図はどこでも変わらないと頭では思っていますが、東洋と西洋ではやはり単純に文化も感覚も見た目も違いますからね。当然の違いですが。中国は、行く前から念密にコンタクトを取っていたこともあって、近い感覚をすぐに共有できたように感じました。HANGGAIという中国内蒙古族のバンドと2012年に日本ツアーをすることになったんです。HANGGAIは北京でワールドミュージックを集めたフェスをオーガナイズしている。東京で対バンし、凄く良くて即効で「中国へ行こう」となって。<ハンガイフェス>には中国の同世代のバンドが多く出演していて、ライブを見て気になったバンドに、自分たちからどんどんコンタクトを取っていったんです。最初は警戒するというか、独特な壁を作っている。けれど、ぐいぐい話していくうちに、どんどん心が開いていくんですね。HANGGAIとは、今ではお互いを理解し合う、同志のような関係を構築しています。

–– 自分たちがオーガナイズする祭り<橋の下世界音楽祭>を豊田ではじめたのも2012年でした。

愛樹 もともとはTURTLE ISLANDが練習していたんです、「橋の下」で。そこで、自分ら東洋人の遺伝子に組み込まれたリズムや旋律、文化、芸能などから今現在の現代土着音楽にあたるロックやその他、生きた音楽や芸能を集め皆で共有し細胞を活性化させ、覚醒して…なんちゃって…。でもホントに脳みそじゃなくて毛穴が喜ぶようなお祭りがしたかったんですね。

–– 東日本大震災も大きなモチベーションになったのでは?

愛樹 震災後、1年くらい仲間たちが交代しながら、石巻や東松島、南相馬などに行っていたんですよね。けれどボランティアの復興支援は俺らみたく自分らの生活もままならん奴らには続けるのが難しいし、遠すぎて。「自分たちのできることをしよう」という根本に戻って、音楽祭に向かっていったんです。原発はもう無くていいとは思いましたが、地元愛知でも沢山誘われましたがデモに出る気はしませんでした。もっと細胞に直接響くようなことをやったほうがいいんじゃないのかと思いました。デモで声を上げることは悪いと思いませんが、自分はそれよりも音楽やアート、土着芸能など文化を通して、自分らは意識が高いと思っている人らばかりでなく“多様な人々”が繋がり感動したり歓喜したりしながら、少しずつそれぞれが学んで来たことを分け合いながら、また学び生きて行く心を養えるような場所を俺らは創ろうと。もっと根本のとこからやっていこうと。


この世讃歌

–– <橋の下世界音楽祭>は、HANGGAIをはじめアジア各国からミュージシャンを招聘しています。

愛樹 自分が在日韓国人ということもあるんだけど、メディアや、お上のやっていることがひどすぎて。本当は中国だろうが、韓国だろうが俺ら庶民と国同士のやりとりなんていつだって関係ないのに。何処の国だって人が生きとるだけなのに。そもそも人間って影響されやすく流されやすい生き物だからすぐ国やメディアに洗脳されて、見たことも無く行ったことも無い国や人々のことを敵に仕立てあげ、その連鎖で嫌いあってんだから滑稽極まりないすよね。いい奴は何処にでもいるし悪い奴だって何処にでもいるわけだから。だから自分らのスタンスで交流していく。人ひとりが人ひとりと交流する、国交や政治じゃないと思うんすよ。自分たちのレベルで日常的に自分以外のものと政治をすることが大切なんだと思う。交流することで、中国や韓国などへの植え付けられてしまった国のイメージを払拭することができる。国とか、対何かに、反対を申すのではなく、自分たちに向きを変えちゃって、「こんな世界だったらいいな」という場をガンガン作っていく。それが、自分たちにとっては<橋の下音世界楽祭>という垣根を取っ払った祭りなんですよ。カッコいいこと、気持ちいいことって、みんな真似するじゃないですか。難しくなく、カッコいいものを作っていきたい。それが音楽であり、音楽が集まる場所が祭り。HANGGAIがやっているフェスも、<橋の下>と共通しているんです。世界のいろんなところで、同じような気持ちを持った仲間と繋がる。そんでそんな気持ちを分かち合っていく。

–– 人と人が繋がれる場所が、多くの人が必要としているものなんですよね。

愛樹 ひとりずつ友だちになっていくしか方法はないと思っています。みんな仲良くピース!みたいのは嘘っぽくてイヤですが。だからウソぶいたひとつになんてならなくていいから、それぞれが雑草原みたくそれぞれが、それぞれでありながら気づいたら絶妙に大きなひとつになってたらいいすよね。考えなんて違って当然だし。

Turtle Island - Pyramid Stage - Glastonbury 2014

–– その部分では、音楽という存在は大きい。

愛樹 めちゃ、デカいですよ。自分の知ってるなかで、これほど力を持ったものはないすもん。音楽で踊る。<グラストン>でも中国でも<フジロック>でも<橋の下>でも、みんな踊る。踊ってひとつになっているときって、平和で、そして幸せな気分でいられるわけですから。で、それを、フェス以外の毎日に反映させたいですよね。

プロフィール:永山愛樹
1999年20世紀末に豊田市にて結成したTURTLE ISLAND。各国のさまざまな土着楽器とギター、ベース、SAXなど西洋楽器を使い 日本のお囃子やチンドンなど、日本やアジア、モンゴロイドのGROOVEと、パンクやロック、レゲエサウンドから民謡、各国土着音楽まで勝手雑多に飲み込んだ極東八百万サウンド。日本、アジア近辺の土着ズンドコビートと独自の世界観や節回しを磨きつつ自分たちのルーツ、遺伝子、細胞、魂の踊る音楽を模索追及しながら国内外で活動中。2014年6月、<グラストンベリーフェス>のメインステージに立った。


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