ネパール緊急報告! 農民ロッカー和気優を迎えてくれた笑顔の行方

オーガニック&エコロジー

ネパール緊急報告! 農民ロッカー和気優を迎えてくれた笑顔の行方

東日本大震災以降、被災地農家支援プロジェクトを立ち上げ、農を未来に繋げるための支援を行なっているロッカーの和気優さん。ネパールでの大地震のニュースを聞き、ネパール行きを即決。日本とネパールを結びながら、どう復興をしてくのかの挑戦がはじまった。

 文・宙野さかな

 震災後一カ月あまりのネパールへ。

 −−−− 和気さんは6月にネパールに旅立った。なぜネパールへ行こうと思ったのでしょうか。

和気 4月26日に、自分がオーガナイズする「オーガニックマーケットAOZORA」を東京・碑文谷の圓融寺で開催したんです。その前日にネパールの地震が起きた。自分がやっているマルシェが、何からはじまっているかというと、東北の被災農家の支援のためなんです。そのマルシェの直前にネパールのニュースが飛び込んできた。これは天命なのか、なんとかしなきゃと思って。マルシェの売り上げをネパール支援にするということは決めたんですけど、他に何をしたらいいのか漠然としていたんですね。落ち着いて考えたら、ネパールにはボビンもいる。支援金を集めているうちに、やっぱり行かなきゃ何もはじまらないと思ったんです。見てみないと何もつかめない。

−−−− ボビンとはミュージシャンのボビン?

和気 そうです。15年前に、自分が「チベットチベット」というお店を立ち上げようと思ったころに知り合って。その後、自分がやっていた下北沢の「ロータスカフェ」で働いてもらったこともありました。

−−−− 和気さんは東北へも支援活動で何度も行っています。同じような衝動があったのですね。

和気 自分にとってはそれが生きるモチベーションというか。指を加えて遠くから大変だなって思っているよりも、当事者の近くにいたいんですよね。そうじゃないとリアリティがないというか。縁もゆかりもない土地で起きたことだったら考えにくかったのかもしれませんが…。

−−−− ボビンの存在も大きかったと。

和気 音楽ベースにしながら農業にも関わりを持つ。世界を変えていこうと思っている人間たちは、同じようなことを考え、同じようなしている。そのことも、今回のネパールではあらためて感じました。


 地震にへこたれることなく前向きに。

 −−−− 実際にネパールに行ってみて、どのように感じましたか?

和気 まずは全然へこたれていないんですね。テントもちゃんとしたテントじゃないのに、みんな前向きなんです。そのことにこちらが勇気や元気をもらいました。

−−−− ブルーシートを屋根にしただけのテント?

和気 そうです。今は元気だけど、ボディブローのようにじわじわ影響を及ぼしていくんだろうということも感じましたね。

−−−− いろんな場所を巡ったなかで、どこが印象的でしたか。

和気 リリという村が印象に残っています。自分にとって理想郷のようなところでした。森の小道を抜けると、急に視界が広がって、棚田のなかに学校と校庭が見えて。その田んぼでは、きらびやかな衣装に身をまとった女性たちが田植えをしている。自然の造形のなかにステージもあって、そこで歌うことができました。自分が求めているすべてのものがここにある。そこにボビンのファームがあるんです。ファームの建物は崩れていました。

−−−− そこはカトマンズからどのくらいの距離にあるのですか。

和気 片道一時間半くらいですかね。他にはサクーというカトマンズ周辺の町。ここはもっとも打撃の大きかったところのひとつで、町の建物はほとんど崩れ、町が崩壊している。町を見ると悲惨なのだけど、住んでいる人は明るい。孤児キャンプがあるグルカも印象に残っています。

−−−− 和気さんは、ギターを手に歌を届けたのですね。

和気 自分の持ち歌を歌ったり、ネパールの民謡を歌ったり。言葉がわからなくても、音でひとつになれる。音楽の力ってすごいんだと、あらためて感じましたね。

 

新しい農のスタイルを築く。

 −−−− 写真のなかの子どもたちは、みんなが笑顔で輝いている。

和気 ネパールに行って、心の奥底からわき上がってくる衝動があるわけです。それが何だろうなって思ったときに、圧倒的に子どもが数多くいて、そのことが起因していることがわかる。子どもがいるって安心感があるんですね。自分たちがガキだった昭和40年代とかにあった、あの感じがビンビン伝わってきました。

−−−− 自分たちの原風景を見ているような感覚?

和気 日本では消えてしまったものなんですよ。子どもがもたらしてくれるエネルギーって、すごく重要だなって思ったんです。子どもが当たり前のように多くて、お年寄りは人生の先達としてリスペクトされている。ピラミッド型で人口が構成されている。日本だと逆でしょ。子どもが少ないからなのか、過保護になってしまっている。要するに、日本では未来に希望を抱けなくなってしまっている。


−−−− 確かに、日本は人口がどんどん少なくなり、近い将来に消滅してしまう町も多いという研究結果も発表されています。

和気 日本はすべてバランスが悪いんですよね。例えば、出生率は全都道府県で東京が一番低く、沖縄や島根、宮崎が高い。子どもを産み、育てていく。そのためには食べることが安心じゃないと。未来を築く子どもを増やすのは農民なんですよ。農家を増やして、食べることに安心できる社会にならないといけない。

−−−− 食べるものに心配しなくていいというのは、それだけで素晴らしいことですよね。

和気 逆に考えると、それが日本に対してアプローチしたいことでもあるんです。日本では生活のインフラが壊されてしまったら何もできない。第二次世界大戦のときに、疎開先で嫌がらせを受けた話じゃないけれど、農産地と都会がフェアな関係を築いていかなったら、いざというときにものすごい問題となって浮き上がってしまう。

−−−− ネパールに行くことによって、日本も見えてきたのですね。

和気 いろいろな偶然が重なっているのですが、行ったことによってビジョンが広がったのは確かです。同じ震災で苦しんでいる日本だから伝えられること、できることは絶対にあるはず。ネパールと日本は、音楽や農など、いろんな角度で相互関係を築けるはずです。

−−−− 地震による田畑の被害はどうだったのですか。

和気 山のほうに行くと、崩れたままのところも少なくなかったですよ。農業ができないくらい壊滅状態の村もあります。でも農民は農業をやれる場所に戻すべきだと思っています。壊滅してしまった村をもう一回再生させるんじゃなくて、進化した形で提供することが日本だったらできるんじゃないか。そんなことを思っています。

−−−− 和気さんの次の一歩を期待しています。

和気 すでに動きはじめています。いずれ、そのプランを発表できたらと思っています。そのときにはぜひご協力をお願いします。


 和気優

1989年、JACK KNIFE結成。渋谷ストリートで活動。渋谷公会堂、日比谷野音でもワンマンライブをやり、打ち上げライブはストリートでというスタイルを貫き通す。99年、ソロ活動開始。バイクに跨りギターを背負って全国の少年院や学校で弾き叫び、自ら農民として無農薬の米を作り、その米をメニューとして提供する<農民カフェ>を築き、あらゆる人間たちに「生きる!」を叫び続ける。 


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