国や言葉を超えて繋がる平和への願い。JEJU平和祭2014  2014.10.17-19 @馬体験公園 韓国・済州島

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国や言葉を超えて繋がる平和への願い。JEJU平和祭2014 2014.10.17-19 @馬体験公園 韓国・済州島

朝鮮半島と日本列島の間に浮かぶ、周囲約290キロの韓国最大の島、チェジュ島(済州島)。壮大な景色に包まれる場所で、<JEJU平和祭2014>は開催された。ニュースや新聞で日韓関係が懸念されるなか、ここで人と人が繋がり、得たものは、お互いの歴史や現状の問題を分かち合い、調和することの大切さだった。

文・写真=渡辺 亮



雄大な自然と悲しい歴史をもつ島で開催された、平和を祈る祭り。

朝7時少し前、テントのジッパーを開け、外に出た。肌寒いがキリッと晴れわたった空が頭上に広がる。東の方向、洋上がひと際明るく、朝の光が周辺を包んでいた。この場所から西の方向にそびえるのが、チェジュ島中央にそびえる韓国最高峰ハルラ山だ。海と山が一望できる展望台では、朝日を拝もうと集まる人々の影。展望台の脇には、この平和祭の要となる祭壇がつくられ、すでに朝の祈りの儀式が始まっていた。

<チェジュ平和祭2014>は、東アジアの平和を祈り、自然と共生した暮らしを共有することをテーマに開催された祭りだ。日本と韓国からミュージシャン、ダンサー、ヒーラー、自然農実践者、平和活動家、宗教家などが集まり、3日間の祭りのなかでお互いを理解し、平和への道を探る試み。

チェジュ島は、リゾート地として広く知られているが、過去をさかのぼれば、第二次世界大戦終結後に勃発した朝鮮戦争の前夜に、アカ狩りという目的で韓国最大のタブーと言われる国家的大虐殺「四・三事件」が起きている。島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺され、島村の70%が焼き尽くされた。そんな悲しい記憶が残る島だが、近年、自然と調和した暮らしを求めて、韓国本土から移住する若者が増えているそうだ。



音楽は国を超えて。

ホースパークという広大な草地が会場で、ふたつのステージのほか、飲食やグッズ販売のマルシェスペース、子どもたちが遊べるこども広場、前述の祭壇、その裏には広大なキャンプサイトが設けられた。

メインステージは、木や草でつくられた大きなピースマークが目立つ「ピースステージ」。喜納昌吉、内田ボブ、三宅洋平、THE FAMILY、南ぬ風人まーちゃんうーぽーなど、日本でも平和に対する想いを強くもつミュージシャンらが集結した。

圧巻だったのは最終日の喜納昌吉のステージ。チェジュ島と沖縄で共通する悲しい歴史を乗り越え、東アジアの平和を目指す、その熱き想いを叫び、語った。音を奏でれば、観客側もステージの上も歌えや踊れやの大騒ぎ。会場全体の熱気が最高潮に達した後には、「韓国の忌野清志郎」と評される、カン・サネがステージに立った。強く印象に残ったのは、「ラグヨ」という優しい歌。見れば観客側の韓国人がみんな涙を流していた。この曲は北朝鮮と韓国の平和を願う歌で、両親の過去にも繋がっているという。韓国では国民的な歌だそうだ。



共有する、確かなもの。


平和会議、自然農会議、女性会議などの座談会やキムチづくり、非暴力コミュニケーション、東洋の知恵である易学などを学ぶワークショップが、数多く実施されたのも<チェジュ平和祭>の特徴だ。

平和会議では、活動家やアーティストが集まり、数時間に渡って、戦争、軍隊、教育、環境などについて話し合った。チェジュ島のカンジョン村には韓国軍が進める基地建設問題があり、その住民弾圧や環境破壊は、沖縄の辺野古よりも進んでいる。夜には、大きな野外スクリーンで、カンジョン村の基地問題を描いたドキュメンタリー映画が写され、この平和祭が終わった次の日には、カンジョン村に行き、反対行動を続ける人たちと触れ合うツアーも開催された。

夜、ステージでのライブが終われば、いたるところで焚き火を囲んで、楽器のセッションや語り合う人の輪が生まれた。僕は17歳の韓国人と話す機会があり、日本への印象を聞いてみた。

「祖父や祖母の世代では多くが反日だけど、僕らの世代では7〜8割が親日だよ」との返答。過去を振り返ればお互いに辛い歴史があるけれど、未来に目を向ければ、その壁を乗り越えて、より広く市民が繋がれる可能性があるということだ。アジア市民、地球市民の意識をどれだけの人が持つことができるか。それが、国を超えた平和へのひとつのカギとなるに違いない。

<チェジュ平和祭>では、やけに空が広く感じられた。夕暮れどき、ステージ上での祈りの言葉とともに、赤く焼ける空に生き物のようにうごめく雲は、自然への感謝と感動で満たしてくれた。

開放感あふれるこの場所で、国や地域を超えて繋がれた実体験。それは、音楽やアート、踊りや食を通じて人と人が一体になれる、「祭り」そのものがもたらしてくれたものであり、重要なのはここで感じたことをまわりの人に僕らがしっかりと語り継いでいくことなのだろう。



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