生命のエネルギーを最大限に活かす酒造り。無農薬・無添加だからこそ得られる発酵の力。  寺田 優 寺田本家

オーガニック&エコロジー

生命のエネルギーを最大限に活かす酒造り。無農薬・無添加だからこそ得られる発酵の力。 寺田 優 寺田本家

「発酵の里」として注目を集めている千葉県神崎町。ここに、自然酒にこだわった酒蔵〈寺田本家〉がある。稲についた菌を培養させて酵母や麹にする。酵母や麹は、蔵人の手助けによって丁寧にお酒へと変わっていく。自然界のサイクルが〈寺田本家〉の酒造りに存在している。

文・宙野さかな/写真・依田恭司郎

発酵の里、神崎にある酒蔵。

利根川の流域に位置する千葉県神崎町。肥沃な土地で穀類をはじめ農産物に恵まれている。良質な水もあり、利根川の水運という立地環境もあいまって、明治時代には7軒の酒蔵と3軒の醤油蔵が存在していた。

自然酒の酒造りにこだわる〈寺田本家〉が、近江から神崎に移ったのが江戸時代の延宝年間(1600年代後半)。寺田優さんが24代目だ。

「日本酒はお米だけで造られていると考えている方が多いと思います。けれど醸造アルコールといって、サトウキビやコーンスターチなどを原料に造られている日本酒も少なくありません。第二次世界大戦でお米が少なくなった際に、醸造アルコールで補填し、お酒を流通させた。原価が下がることもあって、戦後も多くの蔵で醸造アルコールでの酒造りが続きました。私たち〈寺田本家〉も同じです。先代が『本来の酒造りに戻ろう、お米だけのお酒を造ろう、自然のお酒を造ろう』と舵を切ってうまれたのが純米酒の『五人娘』です」

原料はお米と水、そして菌。菌はお米と発酵することによって米麹となる。水は蔵から湧き出る井戸水を使う。お米は無農薬米。五人娘の発売がはじまったのは昭和63年(1988年)。当時は食管法があり、自由にお米が買えない時代だった。

「『現代農業』という雑誌に、山形の新庄で無農薬のお米を作っている農家さんの記事が出ていたんです。当時は無農薬という言葉が一般的に使われていなかったそうです。先代がすぐに山形に向かって、その無農薬のお米を酒造りに使わせてもらうようになりました。数年後に食管法が廃止され、近隣でも無農薬でお米作りをはじめる農家さんも現れてきました。今では、ほとんど近隣の農家さんのお米を使わせてもらっています」



稲に付く菌での麹造り。

〈寺田本家〉には、コシヒカリやひとめぼれなどの食卓で一般的に食べられているお米と酒米のほかに、美山錦や出羽燦々といった在来種のお米も原料として使っているお酒もある。

「在来種と微生物って仲がいいんですよね。在来種のお米を作っていると、そこに自然と麹菌が付くんです。稲穂がたれている状態のときに麹菌が付いてくれる。ただ穫れる量も少ないですし、天候によって出来不出来が大きく作用される。作り手があまりいないのが現状です。その麹菌が付いたお米を持ち帰ってきて、麹造りに活用しています。微生物が自然に付きたくなるお米こそ、本来の酒米じゃないかと思うんです。自然の力で発酵させることが、本来持っていた生命力を引き出すんじゃないかって思っています。自然な菌を使ってお酒造りをする。それが私たちの大切なテーマのひとつなんですよ」



ほとんどの酒蔵に麹室と呼ばれる部屋がある。ここで麹が造られる。「麹室は酒蔵の財産」と言われ、雑菌の侵入、そして繁殖を防ぐことも目的に、入室には神経を尖らせている。全身を消毒してからの入室を義務付けている酒蔵もあるという。 〈寺田本家〉にも麹室はある。けれど〈寺田本家〉では、入室に関して特別に御法度を決めているわけではない。私たちも、消毒をすることなく、入れてもらうことができた。

「麹室は、他じゃなかなか入れてもらえません。どうしてもいい菌、悪い菌と区別してしまう。けれどそれぞれにちゃんとした役割があると思うんです。持ち場を与えてあげたら、みんなが本当に有り難い働きをしてくれるんじゃないかと思うんです。人間の都合で拒絶するんじゃなくて、みんなを受け入れてあげる。それが免疫力の寛容性に繋がっていく。すべてを受け入れることが発酵の考え方で一番大切じゃないかと思っています。お米を麹と水を混ぜて置いておく。すると自然と酵母菌があちこちからやってきて酒造りをはじめてくれる。うちの酒造りはそういうスタイルなんです。いろんな菌が入ってきたり出ていったりしながら、命をバトンタッチしていきながらお酒を造る。だから蔵のなかの菌層を守ってあげるために、殺菌や消毒はしていません。もちろん、掃除は丹念にしますけどね」



唄によって生まれる「和」。

優さんが〈寺田本家〉で働きはじめたのが10年ほど前。当時、自然酒の『五人娘』でも一部では効率を求めて機械を使っていたのだけど、徐々に手造りにシフトを変えていった。

たとえばお米を洗うのも手。米粒を潰さないように、お米がきれいになるように、少しでも美味しいお酒ができるような想いを込めて、手で洗う。仕込みが行なわれるのは、晩秋の11月から春の到来を感じる3月頃まで。温暖な千葉とはいえ、手がかじかむのは想像に難くない。

「効率だとか合理性とかとは、正反対のことをしているんですけど、それが楽しいんですよね。蔵人は『お酒造りは祭りみたいなものだ』と言って、お酒造りのシーズンがはじまると、お祭りのようにワッショイワッショイやっているような気分でひと冬を過ごす。蔵人が楽しんで造っているのが、お酒にも伝わっていくんじゃないかと思うんです。身体を使って、五感を使ってお酒を造っていくことで、微生物もより元気に発酵して、楽しいお酒、美味しいお酒になっていくんじゃないかなって」



かつて時計がなかった時代には、唄で時間を計り、仕事の量を決めていたという。〈寺田本家〉でのお酒造りには唄も欠かせない。

「うちでは、生酛仕込みっていうやり方をとっています。木桶に麹と蒸米と水を入れて摺棒で摺り下ろしていく。その酛摺りと呼ばれる作業などで蔵人が輪になって唄う。それが摺り唄。全部の仕込みが終わりましたよっていう段階には、大きなタンクに摺棒を突っつきながら唄う。それが仕込み唄です。唄を一緒に唄うことによってみんなの心が繋がっていく。和になる。和醸良酒っていう言葉があるくらいですから、みんなが仲良くやっているっていうことが、いいお酒ができる大切な要素だと思います」



自然の循環のなかでの酒造り。

周囲から栄養を摂取し、分裂や芽胞といった手段で増殖していく菌。微生物の一種である菌と造り手が響き合うこと。それが美味しいお酒になっていく。

「人間も自然の一部ですよね。大きな自然の循環のなかで生きている存在です。本来の発酵とは、自然の営みのなかで涌いてくる。お酒ができるのも自然の流れなんですよね。いかにそこに近づけてあげるか。人間が余計なことをすればするほど、自然の姿から遠ざかっていく。すべては循環だと思います。楽しくお酒を造ることで微生物と響き合い、お酒にも楽しい気が伝わる。楽しい気の詰まったお酒を呑むと、呑んだ人やその場にも楽しい気が満ちる。楽しさの連鎖反応が起こる。それが私たちがお酒造りにかけている一番の希望なんです」

自然からの恵みをお酒という喜びに変えていく。人間の喜びは、感謝の気持ちとなって再び大地へ戻っていく。   〈寺田本家〉のお酒造りは、そんな循環が貫かれている。


寺田本家 www.teradahonke.co.jp
1600年代後半に創業。昭和に入り、醸造アルコールを使った酒造りで販路を広げたものの、先代(23代)が一念発起して「お米だけを使った酒造り」に回帰。無農薬・無添加にこだわった日本酒造りに取り組んでいる。神崎では、毎年〈お蔵フェスタ〉を開催。

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