自然発酵によるパン作り。ひとりひとりの健康と平和を目指して。甲田幹夫 ルヴァン

オーガニック&エコロジー

自然発酵によるパン作り。ひとりひとりの健康と平和を目指して。甲田幹夫 ルヴァン

「天然酵母のパン」が珍しくなくなった昨今。けれど〈ルヴァン〉が産声をあげた30年近く前は、ほとんど天然酵母のパンがなかったという。国産の麦にこだわり、麦の味を堪能できる身体に優しいパン。〈ルヴァン〉はフランス語で「天然酵母」を意味している。

文・菊地 崇/写真・林 大輔

自然発酵種のパン屋。

いつの頃からか「天然酵母」を謳うパンやパン屋さんを、よく目にするようになった。〈フジロック〉や〈アースデイ〉などに出店し、天然酵母のパンのおいしさをイベントなどでも伝えているのが <ルヴァン>。1984年に創業した「天然酵母」の老舗パン屋さんだ。

  <ルヴァン> のオーナーが甲田幹夫さん。「フランスから日本に原点に近いパンを伝えた人」と言われるピエール・ブッシュさんのもとで、パン作りを学んでいった。80年代はじめのことだ。

「製パン機械の輸入商社にいたんです。機械を売るために、こういうパンもできますよっていうことでピエールさんが天然酵母のパンを作りはじめた。それの手伝いが、僕のパン作りのはじまりです。当時は、天然酵母を使ったパン屋は、大阪に <楽童> というのが一軒あったくらい。天然酵母という言葉はもともとなくて、自然発酵、自然酵母と言っていました」

自然食品を扱うショップへの卸しからスタートした <ルヴァン>。渋谷区富ヶ谷の井の頭通り沿いにショップをオープンさせたのは平成元年(1989年)のことだった。

「80年代後半って、環境への意識が高まっていた時期だったんですよね。自然が好きな連中は、みんな田舎へ向かおうとしていた。僕にとって、天然酵母のパンはすごくおいしいものでした。だから、なんとか日の目を見させたいなって想いがあって、なるべく都心で人通りの多いところにお店を出したいなって。自然に関心がある人やアレルギーの人はもちろん、通りがかりの一般の人にも食べてもらいたい。こんなパンもあるんだって知ってもらいたいって思っていたんです」



発酵のための環境を作ること。

甲田さんがピエールさんと一緒に作りはじめた頃は、フランスでもイースト菌によるパン作りが一般的になっていたという。日本でも、柔らかくて白いパンが「おいしい」とされていた。

「イースト菌は人工的に作られたものです。イースト菌だとパン作りも容易いんですよね。フランスでもイースト菌によるパン作りに席巻されていました。昔ながらのパン作りに戻ろう。それが天然酵母を使ったパン作りです。イースト菌を使うとどうしてもイースト臭が残ってしまう。粉の持っている力や味を損なわないパンは、やはり天然酵母のパンなんです。天然酵母のことをフランス語で『ルヴァン』と言うんです」

日本では、ごくわずかの人しか挑戦していなかった天然酵母でのパン作り。もちろん資料となるものは何もない。甲田さんも、麦で作った酵母を、それこそ赤ちゃんを育てるように大切に見守り続けていたという。

「寝ながら抱えたこともありましたよ(笑)。ずっと面倒を見る。1日も休めない。どこかへ行くときも酵母を持っていっていました。今振り返ると、酵母が住みやすくなる環境を作ってあげることができると、うまく流れていくんですよね。そこにある菌によって、酵母を自然と発酵させてくれる。 <ルヴァン> で現在使っている天然酵母を種として、他の場所に持っていったとします。それでも新しい環境では、なかなかうまく発酵してくれない。菌が集まってくる、その環境に馴染んでくる、あるいは落ち着くっていうのかな。天然酵母によるパン作りの環境が整うまで、僕の経験からすると6ヶ月くらいでしょうか。整うまでの半年というのは、うまくできたりできなかったりの繰り返しなんです」



<ルヴァン> を代表するパンはカンパーニュ。このパンの素材は国産の麦と塩と水。麦は国産にこだわり、石臼で粉にしている。酵母になる麦は全粒粉を使っている。お米でいうヌカを、小麦ではフスマと言う。麦の全粒粉は、お米で言えば玄米と同じ。お米と同じように、胚芽などもあるフスマのほうが当然栄養分も高い。

「藍染めなどの染め物にもフスマを入れるんだそうです。考えてみれば藍染めの染料も発酵ですものね。フスマ、全粒粉のパンは食べることによってお腹の調子を整えてくれる。食べるものによって身体は作られていく。良い微生物の発酵は、人間にとってとても大切なものです。天然酵母は生き物のようなものなので、作り置きができないんですよね。日々、小麦と水を栄養として与えています。一般的なやり方は、パンを焼く前の生地を取っておいてそれを種にする。種を次の生地のなかに入れて発酵させていく。その繰り返しなんです。けれど、うちは種だけを発酵でどんどん作り続けています。石臼を使っているのは、麦の味を大切にしたいから。製粉会社の麦の製粉は『粉砕』なんですね。けれど石臼は『潰す』。砕いてしまうと成分が変わってしまう。潰しても麦はまだ生きているんですよね。だから麦の味も残る…ということです」



健康になるためのパン。

甲田さんが、自然酵母のパンと出逢い、パンを作りはじめて30年近くになる。一貫してこだわり続けているのは、「天然酵母」を使い、「日本の素材」で「おいしいパン」をみなさんに食べていただくこと。そして食べることによって健康につながっていってもらうこと。

「なるべく砂糖を使わないようにしています。砂糖は身体によくないと僕は思っているんですね。パンにとって砂糖というのは素晴らしい素材なんですよ。発酵を助けるし、色つやも良くしてくれる。そして日持ちを長くしてくれる。砂糖を使うとよくふくらみます。焼き上がったときに素晴らしいものに仕上げてくれる。けれど、小麦、塩、水というシンプルなものこそ、一番味わいがあるのかなって思っています。イースト菌を使ったことがないのでわからないのですけど、天然酵母の発酵のピークって緩やかなんですよね。多少未発酵であろうと過発酵であろうと、それほど影響を受けない。菌がある一定のレベルで保持してくれるっていうのかな。だから菌と共生できる環境が整えば、誰がやっても、失敗することなくパンを作れるようになるはずです」



甲田さんは1949年生まれの団塊の世代だ。全共闘運動や安保闘争などによって、自分たちの自由を勝ち取ろうとした世代、いわゆるヒッピー世代だ。ヒッピーのスローガンは、「愛と平和」だけではなく「自然回帰」もある。

「僕らが若かったときはヒッピーになるか、一流企業に勤めるか、という時代です。自然発酵のパンに出逢っていなかったら、森のなかに引っ込んでしまったかもしれない。パンは僕が世のなかと関わっていくひとつの方法だったんですよね。大きな目的としては、世のなかのみんなが健康になって、平和的な考えになってもらいたい。そのひとつが、国産の小麦を素材に自然発酵した酵母を使ったパン。パンは人と自分が関わっていく手段でもあるし、メッセージを出す方法だったんですよ」

かつて、どんなパンを作っているのですかと質問されると「フランスの田舎風のパン」と答えていたという。けれど最近は、「日本のパン」と胸を張って言いたいと甲田さん。国産の小麦を使った自然発酵種のパン。 <ルヴァン> の天然酵母のパンには、さまざまな想いが込められ、今日も焼かれている。


ルヴァン
 Levain
1984年に創業。当初は自然食品店への卸しをメインとしていた。89年に渋谷区富ヶ谷の井の頭通り沿いにパン屋を開店。甲田さんの故郷である長野県上田市にもカフェ&パン屋をオープンさせた。〈フジロック〉や〈アースデイ〉などのイベントにも積極的に出店し、天然酵母のパンの魅力を広めている。

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