日常の「食」を大切にすること。 心身一如の教えが鎌倉から届けられる。 藤井まり(不識庵)

オーガニック&エコロジー

日常の「食」を大切にすること。 心身一如の教えが鎌倉から届けられる。 藤井まり(不識庵)

精進料理を通じて、「心と食の問題」を訴え続けている藤井まりさん。食事を大切にしてこそ、健やかな身体と心を保つことができる。「心身一如」の教えが、鎌倉の閑静な住宅地にある不識庵から静かに届けられる。

文=宙野さかな/写真=依田恭司郎

夫・宗哲さんとの不識庵。

鎌倉の稲村ガ崎。丘陵が海岸近くまで迫っている。車はおろか自転車さえ通ることのできない鎌倉特有の小道を丘陵に向かって数分歩く。坂道を登った先、木々に囲まれた閑静な場所に不識庵はある。

藤井宗哲さんが、奥さんのまりさんとともに精進料理塾の不識庵を開いたのは、今からおよそ30年前のことだった。

宗哲さんはわずか5歳で出家。第二次世界大戦によって、戦地に行った父親が帰ってこないことを案じた母親が「禅寺に預ければ、学校にだけは行かせてもらえる」(まりさん)と考えたからだったという。

「夫は、およそ10年間、雲水(うんすい)となって修行していました。小さなころから禅寺にいたこともあって、料理も多少できたんでしょうね。どのお寺でも典座(てんぞ)を任せられたようです。禅寺は、通常半年ごとに役割を交代するのだそうですけど、夫はどこに行っても料理を作る典座をやっていたようです」とまりさん。

仏教を修行するいっぽう、物書きになりたいという想いも強かったという宗哲さんは、仏門から編集の道へ入っていった。落語の本や花柳界の辞典などが宗哲さんの手がけた仕事だった。まりさんが宗哲さんに出逢ったのは編集者時代のことだ。

「お寺で修行しても、お寺を継ぐには養子になるしかないわけです。それは嫌だったみたいですね。編集者として『精進料理大辞典』というような本も作ったんですよ。精進料理、花柳界、落語…。日本の文化や暮らしを学問的に伝えていくという仕事。そんな編集という仕事をしながら、自分でも作品を書きたいと思っていたようです。手っ取り早いのは、自分の体験したことを書くこと。それが精進料理の本でした」



雲水として巡ったいろいろな寺で学んだ精進料理。自分の体験を書くことは、さらに精進料理を突き詰めていくことになったに違いない。精進料理、そして精進料理の哲学を伝えるための「場」を作ることを決意。宗哲さんはその「場」を不識庵と名付けた。不識とは偏った見方や考え方を捨てること。宗哲さんの精進料理を教えることの心の持ちようを表していたのかもしれない。

ここで料理教室をはじめてから、まりさんは精進料理と本格的に向き合うようになったという。

「ずっと不識庵で裏方として料理を作ってきました。最初は夫も作っていましたけど、いつのころからか話をするだけになって。夫は7年前に亡くなりましたけど、料理をしてきたことが、今の私の仕事につながっています。精進料理を食べていると、とても心地がいいんですよ。なんか無理がないというか。武道、茶道、華道。『道』の付く日本の伝統は、海外ではとても評価されています。禅を背景にした精進料理も、それに近い存在じゃないかなって思うんです。『道』は心の修行のはず。食の『道』が乱れているからこそ、病気も増えているような気がします」



心と身体はひとつの如く。

まりさんが使う調味料は日本の発酵食品ばかり。味噌、醤油、みりんが主軸で、ときに酒と塩を使う。砂糖はほとんど使わない。ネギ、ニラ、ニンニク、タマネギ、ラッキョウの五葷(ごくん)も使わない。

「精進料理というのは、お寺のお惣菜と考えればいい。近隣で穫れた季節のものをいただく。野菜を作った人や野菜を育ててくれた大地に感謝していただく。エネルギーが大きくなりすぎると煩悩がわいてくるじゃないですか。簡単に言えば精進料理は『追いかけて逃げるものは食材にしない』ということ」

宗哲さんが亡くなって、宗哲さんの意志を継いで精進料理を伝えているまりさん。時間が経過するうちに、自分なりのスタンスも芽生えているという。もちろん中核には宗哲さんの哲学がしっかり存在している。そこから、現代に、そして未来に繋がることをどう拡げていくのか。料理教室では、手軽にできる精進料理も指南している。



「心身一如という言葉がありますよね。やっぱりこれだと思うんです。心と身体は繋がっている。食べたものが身体に影響する。素朴だけれども、出汁のとったおいしい味噌汁とおいしいご飯があれば、満足感がある。ここに来る若い娘が、よく『ほっとする』と口にします。味噌や醤油といった和食の味は、私たち日本人にとっては、遺伝子のなかに刻み込まれていて、ほっとする味なのかなって思います。風邪を引いたときに、『コンビニのものって食べたくない』とも言う男の子も少なくない。それも正しい感覚だと思うんです。具合の悪いときには、お母さんの作ってくれるお粥がいい。その感覚って、何気ないことかもしれないけれど、とても大切なことだと思うんですね。心を込めて作ったものって、必ず心と身体に伝わるはず」

宗哲さんは臨済宗の僧侶だったけれど、曹洞宗の道元禅師の本を座右の書にしていたという。道元禅師が本という形で「食」のことを残したことによって、曹洞宗では食事のことが伝承されている。

「『典座教訓(てんぞきょうくん)』という食事法の本と『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』というマナーの本。夫は道元さまがなぜそんな本を書いたのかをずっと考えていました。『一粒米一片菜一滴水』。一粒のお米も野菜の一葉も一滴の水も大事に使う。無駄にしてはならない。野菜も命と考えるならば、一物全体を使い切る。そういうことを道元さまは書き残しています。『一粒米一片菜一滴水』、そして『喜心・老心・大心』という道元さまの教えは、日常茶飯事のことをきちんとすることが修行につながるというメッセージだと思います」



精進料理として受け継がれた日本の智慧。

平安中期に書かれた随筆『枕草子』に「そうじものいとあしき」と記されている。千年以上前から、お寺で食べられ、伝えられてきた精進料理。そこには、日本の智慧も確実に蓄積されてきているはずだ。まりさんは「精進料理は、今では生活のすべて」と口にする。

「精進料理を通して、いろんなことが見えてきます。そしていろんなことを学ぶきっかけになる。フランス人の知人が、パリで精進料理の本を出版しようとしています。彼女が言うのは、フランスの料理書には、あくまでおいしさの追求しかない。フィロソフィがある料理の本を作りたい、と。言われてみて、確かにそうだなって。精進料理という食を通して、哲学が語れる。そういう食って、実はそう多くないんですよね。夫がやってきた『食は心なり』というメッセージを、これからも伝えていければいいなって思っています」

食事を大事にすることは心を大事にすること。心を大事にすることは身体をいたわること。自分の身体をいたわることができれば、他の人に、そして地球にも優しくなれる。そんなことをまりさんは精進料理によって伝えている。


profile 藤井まり
北海道出身。早稲田大学卒業。大阪で藤井宗哲さんと出逢い「わずか3カ月でスピード結婚」。神奈川県鎌倉市の稲村ガ崎に、宗哲さんと<不識庵>を開設。宗哲さんが亡くなった後も、精進料理塾をゆるやかに続けている。日本のみならず、アメリカ、イギリス、フランス、マレーシア、韓国などでも講演。「健康と心と美」は同じものであると提唱。日常の「食」を大切にしていくことが、心の健康にも繋がることを伝えている。
http://konnichiha.net/fushikian

  この記事を掲載している『88』33号のebookはこちらから
   ※PCブラウザ、iOS(iPhone、iPad)のみ対応。

  88 33号(2013.3.29)

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑