縄文スピリットを探して  第2回 想像力のなせる技

オーガニック&エコロジー

縄文スピリットを探して 第2回 想像力のなせる技

文=草刈朋子/写真=廣川慶明   

年末に代官山UNITで開催されたワンネスミーティング〜縄文から未来へ。このイベントの制作に携わって4年目となる。ライブとDJを合わせて総勢20組が参加した今回、会場には新たに極小スケートパークが登場し、メインステージの天井から大きな遮光器土偶が吊るされ、バーカウンターの壁際に縄文風の陶器のオブジェが並び、オープニングはアイヌの伝統儀式カムイノミ……と、ますます濃厚な様相を帯びるワンネス。クラブイベントなのだから音楽だけでいいのかもしれないけれど、それでも艶めくダンサーやライブペイントは外せないし、毎年恒例の石器作りと鮭解体ショーもやりたいし、あれもこれもと毎度のことながら盛り盛りになってしまう。

それは、ワンネスに「マツリ」というビジョンがあるからだ。考え方も表現方法も異なるさまざまな人たちが集まるマツリの場を作ること。太古から脈々と続く人間の表現を未来につなげていくためのワンネス(一夜限り)の祭典なのである。その真意は、オーガナイザーのひとりでもあるDJのMOOCHYが年末にリリースした民族性あふれる美しいタペストリーのようなアルバム『COUNTERPOINT X/Y』を聴けば、よりわかっていただけるかもしれない。


さて、縄文×ストリートカルチャー、もとい東京サブカルチャーの縮図となった会場で、私が楽しみにしていたのはカムイノミだ。実はカムイノミに携わるのはこれが初めてではない。最初は一昨年の夏に北海道の平取町で開催されたアイヌモシリ一万年祭の会場で、2回目は昨年の春先に町田で行った野焼き祭りの大きな火の前で、そして3回目となる今回、祭祀を務めるのは夜半にライブを控えるOKI DUB AINU BANDのオキさんと居壁太さんである。アイヌの伝統楽器トンコリをアフログルーヴやレゲエロックとミックスさせてどこにもない音楽を確立しているおふたりにカムイノミをお願いできることは、とても光栄なことだった。儀式は音楽と同様、目には見えない世界を取り扱う。かたや心をふるわせ、かたや心を鎮める。オキさんはカムイノミをどんな響きで感じさせてくれるだろうか。カムイ(=カミ)の通り道である東の方角に向けてしつらえた炉の前でオキさんはこのように話してくれた。

「カムイノミにおいて人間とカムイはギブアンドテイクの関係にあります。人間はイナウ(柳の木を削った供え物)を供えて火のカムイにお願いごとをし、お酒をふるまいます。火のカムイがそれらを自分の国に持ち帰ると、こんないいことをしてくれるのかとカムイたちは喜んで、人間を見守ってくれる。カムイの真実と言葉の真実がひとつになることで人間は健やかにこの地で暮らすことが できるんですね」


私はこの、アイヌとカムイにおけるギブアンドテイクの関係が好きだ。人間は、生きていくために自然から食料や道具の材料を貰わなければいけない。だから感謝の気持ちとともに自然の恵みがこれからも続くようにお願いをし、おみやげを持たせるのだ。私たちは誰かに何かをしてもらったときにお返しをしなければ気が済まない心理を持っている。けれど、その気持ちは火や水、風、動物といった人間以外の存在にまでは及ばない。そこまで想像力が及ばない、と言ったほうがいいのかもしれない。これは動物の皮や鷲の尾羽などの自然物を糧に異民族と交易をしてきた彼らの長い歴史のなかで育まれた感受性なのだと思う。オキさんがアイヌ語で唱えるカムイへの言葉を聞きながら、縄文時代の人々もこのように親密な関係を自然界と結んできたのではないかと思った。


つい先日、三鷹で開催された「対決!縄文VS旧石器」というトークショーに行ってきた。縄文時代を代弁するのは中央大学の小林健一さん、旧石器時代は早稲田大学の長崎潤一さんだ。縄文を追いかけている身として、このテーマは非常に有り難かった。というのも、これまで縄文時代は弥生時代と比較されることが多かった。そうすると、先住の人々と稲作や鉄器の技術を持って大陸から渡ってきた渡来人との対決の話になってしまい、どっちが日本人のルーツなのかという論争にまで発展してしまうのだ。

確かに米作りが始まってからというもの、集落の回りには柵や掘がめぐらされるようになり、戦争が行われる格差社会になっていったことは事実だ。しかしそれは多くの場合、生き残るために縄文人が選択したことなのだ……だと思うのだが「では古事記に書かれている国ゆずりのシーン、あれはどう見ても先住民が他の民族に追い出された話だろ!」と、私の中の猜疑心がむくむくとわき上がる。「いやいや、時の権力者が書いたものに真実なんてありませんよ」と、もう一人の私がたしなめる。「縄文」をやっていると必ずぶつかるこのループ、どうにかなりませんか? というわけで(前置きが長くなったが)旧石器という前時代から縄文時代の人々の様子を見ることは、縄文過多な私にニュートラルな視点を与えてくれるという意味で収穫だった。


さて、旧石器時代と縄文時代はいったい何が違うのか、である。いずれも狩猟採集を生活基盤としながら、旧石器は氷河期という厳寒の時代を獲物を追って移動する旅暮らし。一方の縄文時代になると地球は温暖化するので竪穴住居を住まいに定住型のムラ暮らしが営まれていく。後の時代のほうがすぐれているかというと、そうでもなく石器作りにおいては旧石器人の方が技術は上で、反対に縄文時代になるとその熱は土器作りに注がれていく。食の面で言うと、旧石器時代は肉食中心だが、縄文時代は海水面が内陸部にまで入り込んだ縄文海進によって魚や貝などの海の幸に恵まれ、また土器を利用して食料の調理や貯蔵が発展するので山菜、木の実などの植物を利用した多様な食文化が育まれていくのだ。


所蔵:新潟県教育委員会

そのように両時代を比べていくと、現代にも当てはまる感覚がそれぞれの時代に生まれていて面白い。たとえば、旅好きで肉食、ものを持ちたがらない断捨離な傾向は旧石器人に強く、みんなでつるむのが好きでDIYでグルメなのは縄文人といったように、それぞれの時代で培われてきた感性の違いが見えてくるのだ。なかでも興味深かったのは人間関係の変化である。小さなグループに分かれて暮らしていた旧石器時代というのは、人間関係でいざこざがあっても、他のグループに簡単に移れるメンバーを固定しない社会だったそうなのだ。反対に定住を始めた縄文社会はメンバーが固定されているため、嫌なことがあっても我慢をしなければいけない。その意味では旧石器時代のほうがはるかにストレスの少ない気楽な社会だったようだ。そう考えると、カムイノミに見られるような、礼儀を尽くして関係性を良好に保つという考え方は、共同体暮らしが始まった縄文時代に必要に応じて生まれたものなのかもしれない。


ちなみに、私たちの基盤となっている家族性も、竪穴住居で暮らし始めた縄文時代以降に確立したものだそうだ。私は家族という人間関係は、どんな時代でも人間において一生変わらない絶対的な価値観だと 信じ込んでいたのでちょっとカルチャーショックを受けた。  確かに家族に見られるあの濃密な信頼関係は、子どものときからひとつ屋根の下で暮らしてこそ育まれるもの。ではそれ以前の人びとは家族というつながりをどう感じていたのだろうか? 旧石器時代の遺跡からは複数のテントが集合した痕跡が見られるそうなので、たまには集まってつながりを確認し合うような、それこそワンネスなひとときがあったようなのだが、それが婚姻のためなのか、親族の確認のためなのかということまではわからないのである。けれど、メンバーを固定しない社会であれば、もし親子で再会したときにはすでに母親に別の子どもがいたなんてこともあったのではないだろうか。厳しい環境を生き抜く上で優先されるものは種の保存なのだから。そう思うと、旧石器時代と縄文時代の大きな違いとは、家族の在り方なのではないだろうか。


縄文時代よりもさらに遺物の少ない旧石器時代についてはまだまだわからないことがたくさんあって断定的なことは言えない。けれど、氷河期の厳しい自然環境を生き抜く上で、子どもは早く大人にならざるを得ない状況にあったと思うし、死亡率も随分高かっただろう。縄文時代も乳幼児の死亡率は高かったと言われているが、家を得ることで旧石器時代よりは生存率は上がっただろう。それこそ四季がめぐる変化に富んだ自然を感じながら、子どもは親族の庇護のもとで遊びの時間を育めたはずだ。縄文時代の遺跡からはミニチュア土器と呼ばれる手のひらサイズの土器が出土することがある。私は、あれは子どもがままごとに使うおもちゃなのではないかと思う。もしそうなら、縄文時代の子どもは自分のペースで遊び、想像力を大きくふくらます時間を充分持っていたということだ。


6〜7歳までの子どもというのは、スポンジのように回りの世界を吸収する存在で、周囲を真似しながら手や足、からだ全体を自分自身で調整し、やがて集団生活へと馴染んでいく。幼児期に自分のペースでからだを使って遊んできた子どもほど、その後の児童期に想像力が豊かに花開くことは、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育をはじめ、さまざまな幼児教育でも言われていることだ。その視点からいくと、自然豊かな縄文時代は絶好の遊び環境だったと思う。今のように子どもの遊びが制限され、用途の決まったおもちゃばかりがあふれる世の中よりも、想像力の伸び代はずっと高かったはずだ。

そう考えると、縄文土器の文様があれだけ発達したのは、子ども時代にたっぷり遊んで培った想像力のなせる技といえるのではないだろうか? 自然の中に精霊やカミを感じられるのもまた然り。旧石器時代の人びとも、共感し協力し合う想像力があったからこそ厳しい環境を生き残れたのだ。すべてはホモサピエンスが持ち合わせた想像力のなせる技なのだと思う。この力をふくらませるのも、しぼませるのも私たち次第。想像してごらん、ジョン・レノンもそう言っている。


profile 草刈朋子 縄文ライター
北海道出身。東京造形大学在学中よりインディーズ雑誌を発行。映画のコピーライター、育児雑誌の編集、書籍編集を経て独立。2009年よりNPO法人Jomonismに参加し、縄文関連イベントや縄文アート展の企画・運営に携わる。2014年より縄文ライターとしての活動を開始。縄文カルチャーから現代を見つめるべく、カメラマンのヨッシーを伴い東へ西へ。フェスなどで黒曜石で作るアクセサリー作りのワークショップも行なっている。

profile 廣川慶明 フォトグラファー 
三鷹出身。写真は独学で学ぶ。2012年のワンネスキャンプ〜縄文と再生でカメラマンを務めたことをきっかけに、縄文に興味を持ち、各地の縄文スポットを訪れては撮影し続けている。縄文×現代カルチャーの接点を日々想像。時に空想。


参考文献:『アイヌ学入門』(瀬川拓郎/講談社現代新書)、『骨が語る日本人の歴史』(片山一道/ちくま新書)


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