パーマカルチャーに学ぶ水の循環 設楽清和(パーマカルチャーセンタージャパン)

オーガニック&エコロジー

パーマカルチャーに学ぶ水の循環 設楽清和(パーマカルチャーセンタージャパン)

自然とうまく付き合っていこうと思ったとき、人は自然の営みに習い、寄り添う姿勢をもたなければならない。設楽清和さんは、パーマカルチャーのこうした考えに基づき、「溜める」「何度も使う」「浄化して出す」という方法で水を活用している。

文 ・ 甲藤麻美/写真 ・ 伊藤 郁

自然の循環に習って。

人と自然が共にあるための社会づくりは、今、世界的なテーマだ。パーマカルチャーは、人間を含むすべての生物がより豊かで持続的に生きていくことができる環境を実現するために、農や文化、建築、エネルギー、食、コミュニティづくりなどを総合的にデザインしていこうという概念。もちろん「水」も欠かせないテーマだ。1996年に神奈川県相模原市緑区牧野篠原地区(当時は藤野町)に設立された、パーマカルチャーセンタージャパン(PCCJ)の代表、設楽清和さんにお話を聞いた。

「山に降り注ぐ雨は地下に浸透します。そしてごくゆっくりと重力の法則によって下に流れていきます。途中汚れた水は微生物の分解によって浄化され、植物が吸い上げ、溜まった水にはさまざまな水生動物が暮らし、動物がその水を飲んだりする。自然のなかでは、一度降った雨が、そうやって何度も使われていくんです。人間の暮らしのなかで水を考えたとき、大切なのはこうした自然の循環に習い、できるだけ近づけるということ。そのために私たちがしなくてはならないのが、『溜める』『何度も使う』『浄化して出す』の3つです」

PCCJの畑には、この考えを具体化した水のシステムがある。まず、タンクに溜めた雨水を、畑のトイレで使う。トイレの排水は、「嫌気性発酵(空気に触れない状態で活動する微生物の働きを促す発酵方法)」と、「好気性発酵(酸素のある状態で活動する微生物の働きで有機物を分解する)」の、ふたつの浄化槽を経て浄化する。その水は、地中に埋めた細かな穴を開けた配管を通り、途中、穴から出た少量の水は地下浸潤して微生物に分解されながら畑の野菜を育て、一方の配管を流れきった水は、畑につくった池へと流れ、生き物の住処となる。池で陽に当たり、暖められた水は、水田に流して稲に吸い上げられ、最後は川へと流れていく。

「このシステムは、水利用のひとつのモデルとしてPCCJ設立と同時につくりました。PCCJの近くには川が流れているので、実際水田に使う水は、川から引いたものがメインです。ただ、取水口をいくつも設けておくということも、パーマカルチャーの重要な考え方ではあります」



水とのかかわり方を考える。

PCCJの活動拠点である築100年の家屋や田んぼや畑のまわりには、篠原川という川が流れ、涼し気な音を響かせていた。きっとここでの暮らしは、いつも水を感じる暮らしだ。この清らかな水はやがて相模川に流れ込み、三浦半島や茅ヶ崎の方へと流れていくのだという。

「本来は、自然のなかで水がどう循環しているのかを学び、その循環にどうかかわっていくのかを、ひとりひとりが考えなくてはいけないと思います。ただ、今の環境では、それを実感することは、なかなか難しいでしょうね。蛇口をひねれば水が出て、トイレだって、流せば終わりなんですから」

ひょっとしたら人間は、いつしか水を自分の暮らしの道具として扱ってきてしまったのかもしれない。人にも環境にも相互利益をもたらすような、水とのかかわり方はないのだろうか。

「『溜める』『何度も使う』『浄化して出す』。これは何も、田畑の水利用に限ったものではありません。例えば食器を洗うのに、まずはタライに溜め、その水で何枚ものお皿を洗う。微生物分解は難しくても、水汚染の原因となる洗剤を使わずに洗い、排水する。これは、どこで暮らしていてもできることだと思います」



山が変わり、水が変わる。

近年、日本各地で多発している土砂災害。水の循環を自然に習う一方で、自然の水の循環そのものも崩れてきていると、設楽さんは言う。

「戦後、すごい早さで山は針葉樹だらけになった。針葉樹というのは、根を下に張ってあまり広がらないから、地面を守ることができません。一方の広葉樹、落葉樹というのは、根の張り方が広いから、土を支えてくれるんです。春から秋は葉っぱが生い茂るので雨が直接地面に当たらず、冬になると地面を落ち葉が覆って、やっぱり直に雨が当たることはない。雨水はゆっくりと地下浸潤して土壌が潤い、その下にある畑や果樹も、流れてきた水の栄養分で育まれる。降った雨が、留まることなくそのまま流れて海にいってしまうっていうのが、一番よくないことなんですよね」

保水しきれなくなった山は、ときとして土砂災害となり、人を襲う。けれど健全な山があれば、雨は土を潤し、命を養ってくれる。山にどんな植物を植え、どんなふうに自然と付き合っていけばよいのか、先人たちは知っていたのかもしれない。



1年草から果樹、そして山へ。

現在、 PCCJの田畑は全部で5反。これを設楽さんご夫婦と研修生1名の計3名で管理している。畑では人参、白菜、キャベツ、空豆、大根などが育ち、柚子や柿、梅やサクランボなどの果樹もあった。

「水のことを考えるなら、山にも入っていかなくてはいけないけれど、手がまわらなくてね。今はまず、野菜から果樹へ移行しているところなんです」

設楽さんがこの地に腰を据えて18年。土づくりから始まったパーマカルチャーの暮らしも、試行錯誤のなかで、徐々に自分のものになってきた。

「人間が手なづけてきた田畑から、木や山といった自然の方へ向かえば向かうほど、わからないことは多い。ただ、これまで田んぼや畑で学んできたことは生きるはず。そう考えると、1年草から多年草、果樹、そして山の広葉樹へ……この順番は、間違っていなかったのかなとも思います。ゆくゆくは木や山といった自然とも、よりよい関係性を築いていけるのではないでしょうか」

篠原地区では、柚子の栽培は難しいと言われてきた。けれど設楽さんが1本1本石積みで囲って育てたところ、5年かかって見事成功。秋の終わりには、黄色に熟したゆずがたわわに実る。

「果樹は時間がかかるし、樹木はもっとかかる。今、56歳なんですけど、100歳までは生きないといけないよな」と豪快な笑顔で話してくれた設楽さん。再生には時間がかかる。それでも一歩一歩、人間と自然との共存へ向けて、設楽さんの挑戦は続いている。


profile   しだら きよかず(パーマカルチャーセンタージャパン)
アメリカの大学院でパーマカルチャーに出会った設楽さん。帰国後の1996年、人づてに紹介された藤野町に、パーマカルチャーセンタージャパン(PCCJ) を設立。ここで始めたパーマカルチャーの基本理念や実践方法を伝える塾は、次第に広がりをみせ、現在では北海道、関西、宮古島などでも塾生を募っている。
   
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