阿蘇の森のなかでも豊かな暮らし 吉田ケンゴ

オーガニック&エコロジー

阿蘇の森のなかでも豊かな暮らし 吉田ケンゴ



80年代から、反核・反原発の活動を続けてきた吉田ケンゴさん。3.11以降、電気も水道も通っていない阿蘇の森のなかで暮らしはじめた。さまざまな常緑樹が生い茂る豊かな森。「何もない」ではなく「何でもある」場所で構築する、市場という未来スタイル。

文・菊地 崇/写真・宇宙大使☆スター 
 

1万2千坪の森が教えてくれること。

「お祭り系」と呼ばれる自由な雰囲気に包まれたフェスなどでよく見られるドームテントを製作し、パチカやカリンバ、ジャンベなどの楽器も手づくりする。2010年に開催した〈ワッカキャンプ焚〉では、ミュージシャンとしてステージに立った。アウトドア越冬キャンプギャザリング〈ひょうこま〉ではチーフリーダーを務めていた。さまざまな顔を持つ自由人が吉田ケンゴさん。福島原発事故以前から、上関や浜岡などの反原発の行動も積極的に参加していた。

「埼玉県飯能市に住んでいたんですよね。東日本大地震が起きて、3月12日には西へ向かっていました。上関へ行って、そして福岡にしばらくいて。子どもが6人いて、みんな連れてきた。友達の家に荷物を置かせてもらって。落ち着かなくて、ずーっと夢のなかにいるような感覚でした」

そんなケンゴさんが、 <アンナプルナ農園< を営む正木高志さんに誘われて、正木さんの森に住むことになった。2000年から正木さんが植林した4ヘクタール、1万2千坪の森。阿蘇のカルデラの内側から、外輪山へ傾斜していく森林地帯。森には、電気はもちろん、水道も通っていない。そんな場所にドームテントを建てた。

「煮炊きは薪で、水は沢水。電気はソーラー。僕らが移り住んでからも植林をしています。シイ、タブ、カシ。それらは常緑樹なんですね。阿蘇は植樹された針葉樹が多く、自然に生えてくるのは広葉樹。常緑樹で冬の間も木陰をつくってあげる。そうすると、微生物が元気になって、森が生き生きとしてくるんです」

ギャザリングやフェスでは、ときには数ヶ月に及ぶキャンプ生活をしていたケンゴさんにとっても、森のなかで暮らすことは、まったく想像していなかったという。

「埼玉では、機械や材料などいっぱい荷物を抱えていたこともあって、『よっぽどいいところがないと引っ越ししない』って言っていたんですよ。よっぽどいい場所ってどんなところって聞かれたら『南斜面の、飲める水が流れていて、陽当たりのいい、ソーラーパネルが置ける雑木林。そして正面に仏舎利塔が見える場所』と答えていたんです。原発事故で引っ越しを余儀なくされた。そして阿蘇の森に来た。その言葉通りの場所が、ここだったんですね」

何もないではなく、自然のものが何でもある暮らし。都市のなかに身を置くと、つい人工物がないと「何もない」と捉えてしまう。そうではなく、豊かな自然と接する生き方。

「自分では、森のなかで暮らしているだけで何も変わっていないと思いたいんだけど、3年も経った今は少しずつ変わってきているなって実感していて。例えば、水の使い方ひとつとっても変わっている。大切にしているっていうのかな。有りがたみを実感しているっていうのかな。だから、地球を汚したくないって思う。前だったら100均ショップへ行って、安くて便利なものを探している自分もいた。今は都会と自然のギャップがすごく出るから、それを自分でおもしろがれている。ゲイリー・スナイダーがこんなことを言っています。『僕たちは負ける。だけど正しいからやる』。『明日、地球が滅ぶとしてもりんごの種を植える』という言葉と一緒なんですよね。誰が見ているかどうかなんて関係なく、自分がどう向き合っていくのか。ようやく自分がそうなれたし、森のなかにいたら、どんな人でもそうなれる気がします」



ひょうたん市場に託す未来。

お金をあまり使わず、無農薬野菜などの食べ物も知人が「これを食べて」と自分で育てたものを提供してくれる。埼玉にいたときよりも、豊かな暮らしができているとケンゴさん。経済的な豊かさではなく、人間の暮らしとしての豊かさ。人と人との付き合いの豊かさ。森の標高はおよそ500メートル。熊本とはいえ、冬は最低気温が氷点下10度を下回ることもある。厳しいからこそ、四季それぞれに多様な豊かさを味わわせてくれるのだろう。

阿蘇に暮らして、3年が経過しようとしている。ケンゴさんは、徐々に自分がこの土地でやらなければならないことを感じ取っているという。そのひとつが、 <ひょうたん市場< というマルシェだ。熊本では大小さまざまなマルシェが開催され、そこが移住してきた人だけではなく、熊本でオーガニックな暮らしを続けてきた人たちの交流の場になっている。

「新しい芽を出す。それをテーマとして抱えていたら『市場』というものが浮かび上がってきました。政治的なこと、経済的なこと、エネルギー問題…。とにかく世の中全体が頭打ちなんで、それが突破口になるかなって。阿蘇のカルデラのなかで場所を見つけて開催したいと思っています。中心にあるのは8の字になった市場街。いろんなポジションで生きている個人個人が、この市場に参加することによって、繋がり、未来への希望も受け取れる。そんな場所。何かを欲しいと思っている人と、何かをつくっている人。その両者が直接繋がる時代。それがマルシェなら可能で、新しい時代の一歩目になると思う」

地球の未来を考え、さまざまな場所でさまざまなアクションをしてきた。そんなケンゴさんにとって、阿蘇という場所は、新しい時代へ向かうために呼ばれた土地だったのかもしれない。豊かな森のなかで、未来を描きながら今日も暮らしている。


profile よしだ けんご
1959年神奈川生まれ。ミュージシャンであり、特殊造形アーティストであり、楽器やドームテントの製作者という顔も持つ。福島原発事故以後、阿蘇のカルデラの森のなかに、自作のドームテントを建てて暮らしている。電気も水道も通っていない森。電力はソーラー、水は沢水、煮炊きは薪を使っての生活。阿蘇で<ひょうたん市場>を計画中。

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