日本の麻文化を次の世代へ。 七代目麻農家・大森 由久

オーガニック&エコロジー

日本の麻文化を次の世代へ。 七代目麻農家・大森 由久

今、麻の有効利用が求められている。
そこで忘れてはいけないのが日本の麻文化。
長年継承されてきた麻栽培の畑から見つめ直す。

文/写真= 渡辺 亮

戦後生まれの人には、麻またはヘンプという名前は馴染みがありつつも、それがどのような植物なのかは、あまり知られていないのではないだろうか。麻は昔から日本人の生活、文化、信仰と切っては切れない、稲と並ぶ重要な農産物として栽培され、利用されてきた。第二次大戦後の昭和23年に大麻取締法が施行されてからは、都道府県の監視下に置かれ、農家は激減。生活体系も変わり、麻と日本人の距離はどんどん遠のいていった。日本人と麻の関係を知ろうと、麻の普及活動を進める井野口貴春さんとともに、国内最大規模の麻栽培を誇る栃木県鹿沼市の大森由久さんの畑を訪ねた。

栃木の麻ブランド<野州麻>

「私で7代目。昭和12年には日本全国で1万ヘクタールの麻畑があって。これ申請があった分なので、本当はもっと多かった。その60%を栃木県でつくってたんだ。ここから栃木市の駅のほうまで、平地は全部麻畑だったのよ」

大森さんの麻畑は繊維利用の目的で栽培されている。栃木県でつくられる精麻(麻の茎からとれる皮を薄く引いて乾燥させたもの)は、<野州麻(やしゅうあさ)>と呼ばれ、特に薄く、黄金色で強度があるため、利用価値が高いものとされてきた。大森さんがつくる<野州麻>は、伊勢神宮の注連縄(しめなわ)や横綱白鵬のまわしにも使われているそうだ。

「栃木県の麻がなんでそれほど発展したかというと、地元の人が発明した、播種機があったから。それまでは種を1粒ずつ播いて、間引きしてつくっていたのが、播種機のおかげで1列に4粒ずつ播けるようになった。それで超密植の麻畑ができるの。それと、450年くらい前から、『発酵堆積法(茎を発酵させて皮を柔らかくする方法)』で、急速に増えた。あと、麻が育つ5月から7月の間に栃木県にはほとんど台風が来ないんだ」

密植により細く良質な株に育った麻は、7月中旬に刈り取り、麻の茎はすぐに湯にくべる。ビニールハウス内で3〜4日干した後、一旦水に漬けてから引き上げ、ビニールをかぶせて発酵。表面が柔らかくなったら手作業で繊維の部分をはぎ、電動の皮引き機で薄く麻の皮を引いて、売り物となる精麻ができあがる。

現在、大森さんの畑で栽培されるのは、栃木県が昭和57年に品種改良に成功した無毒大麻、栃木白(とちぎしろ)という品種。陶酔作用を起こすTHC成分をほとんど含まないことから、法律上規制される防護柵を設置する必要がない。取材で訪れたのは、播種して発芽した直後だったから想像するしかないが、3ヶ月後の収穫時に広がる麻畑の風景は、さぞ圧巻だろう。


旺盛に育った大森さんの麻畑。(写真提供 鹿沼市農政課)

麻の生活文化と伝統文化

かつて、日本の麻は、地域の衣食住を支える存在として、各地で大切に栽培されていた。90日で3〜4mに育つ麻の茎からは、表面の繊維を衣類や生活に必要な糸や綱として、茎の芯は麻幹(おがら)と呼ばれ、家の屋根や内装材、また炭として使われた。種は油を取ったり、七味唐辛子やがんもどきにも含まれる麻の実として利用された。

「最大の利点は強い繊維で、伸び縮みしなく、栽培してすぐに収穫できるということ。そして暑さにも寒さにも乾燥にも湿気にも強い。これが日本中で使われた大きな理由なんですよ」と話す大森さん。麻と人の関係は、遡れば縄文の時代から続いていることがわかっている。

人の暮らしに欠かせない麻は、やがて神の依り代として信仰面の意味を持ってくる。古事記に出てくる『天岩戸隠れ』の神話では、大麻(おおぬさ)を振って、岩戸に隠れた天照大神を誘い出す場面がある。伊勢神宮のお札は麻でできており、神宮大麻(じんぐうたいま)と呼ばれ、人々はそれを家に持ち帰り、神棚に上げたり、軒先に吊るして、穢れや邪気を祓っていた。また、それが人の生活のなかでも特別な存在として浸透してきた。

「昔は土葬で、お棺を縛るのに麻紐を使ったんだ。墓場でお棺を沈める時に、その麻紐が、最近結婚した人やお腹に赤ん坊がいる人に渡される。それを、戌の日に出産を祈願して、お腹に巻く。次に子どもが生まれると、へその緒を結ぶのが麻紐なんだ。一生の節目に麻が使われるんだよ。栃木県ではそういう使い方をずっとしてきた」


8代目大森芳紀さんがプロデュースする <野州麻紙工房>

次世代に残していくために

麻資源の利用については、さまざまな可能性を秘めていることが国内外で実証されてきている。食料、生活用品、工業製品、医療、エネルギーと、今、地球が抱えるさまざまな問題について、麻を有効活用することで解決への糸口がみえはじめているのだ。2002年に井野口さんは <NPO法人ヘンプ製品普及協会>を立ち上げ、産業面で麻を活用していく可能性を広げている。大森さんも井野口さんも、麻利用を進めていく上で、決して忘れてはならないのが、これまで日本人と麻が築いてきた生活文化と伝統文化なのだと声を揃える。

2012年には大森さんが <日本麻振興会> を発足させ、麻の伝統文化や生活文化の伝承と新産業への振興を目的に活動を始めた。同時に、麻の生産の場を絶やすことのないよう、大森さんの畑で研修生を全国から受け入れ、日々指導にあたっている。井野口さんも2014年3月に <大麻(おおあさ)大学> を始動させ、麻の理解を深めていく年間カリキュラムを進めている。

「この地区でも、70〜80歳の方が5〜6軒残っているだけだから、あと3年で完全に途切れてしまう。座して死を待つことは許せないから真剣なわけよ。最も難しい精麻の生産技術が確立しているから、需要に合わせて葉、茎、種をどのように栽培したらいいか、なんぼでも指導できるの。やる気のあるやつは、外国人だって構わないんだ」と最後に大森さんは固い意志を語ってくれた。

大森さんはこれまで培った麻栽培の全てを次世代に伝えようとしている。そして麻の認識を広げていくため、井野口さんを含めさまざまな分野の人が活動をともにしている。日本の麻の未来を開くために。


profile 大森 由久
栃木県鹿沼市出身。麻栽培農家7代目。国内で最大規模の麻栽培を誇る。2012年4月に麻に関する伝統文化、生活文化の伝承と麻に関する産業の復興を目的に設立された任意団体 <日本麻振興会> の代表に就任。鹿沼市内で<日本麻フェスティバル>を主催する。

profile 井野口 貴春
日本を代表するヘンプウエアブランド <RENATURE(リネーチャー)> のデザイナーで創業者。2002年に<NPO法人ヘンプ製品普及協会> を立ち上げ、ヘンプオイルで走るヘンプカープロジェクトの副実行委員を務めた。現在は、麻を通して、日本や世界を学ぶ年間プログラムである <大麻大学> の活動に尽力する。ミスター産業大麻。

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  88 36号(2014.4.30)

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