アメリカ・アーカンソー州の森のなかで開催されるヒッピーテイストなフェス WAKARUSA 2013.5.30-6.02 

フェス(祭り)

アメリカ・アーカンソー州の森のなかで開催されるヒッピーテイストなフェス WAKARUSA 2013.5.30-6.02 

周囲は広大な森林保護区。最も近い町から、手つかずの自然が残る山道を数十キロ走ると、そこはあった。<ワカルーサ>、今もなおサイケデリック〜ジャムバンドのシーンに固執し続けるキャンプイン・フェス。そこでは嵐が押し寄せてきても、ピースフルな空気感だけは消えることがなかった。森のなかのフェスというパラダイスが存在していた。

文・菊地 崇/写真・林 大輔

10年目の<ワカルーサ>

 アメリカ最大級のフェスとして誰もが認める<ボナルー>と並んで、サイケデリック〜ジャムバンド・ファンにとって掛け替えのないフェスとして存在しているのが<ワカルーサ>だ。<ボナルー>が、ジャムだけではなく、ポップスもルーツもロックも含むライブミュージックという大きなフィールドへ拡大していったのとは一線を画するように、<ワカルーサ>は、ジャムやサイケデリック、あるいはカウンターにこだわり続けている。


ワカルーサ>がスタートしたのは2004年。アメリカ中部のカンザス州ローレンスにあるクリントン湖畔のクリントン州立公園が会場だった。クリントン湖に注ぐ川のひとつがワカルーサリバー。フェスの名前の由来はここにある。

より自然に近い場所でのフェスを目指し、別の開催地を模索していたという。そして2009年、アーカンソー州のオザークに場所を移した。オザークでの開催は今年で5回目になる。

新しいフェスの会場となったのがオザーク・ナショナル・フォレストのなかにあるマルベリー・マウンテン・ロッジ。650エーカーもの土地を有するキャンプ、ハイキング、トレッキングなどが楽しめる山のリゾート。リゾートといっても、森林保護区内にあるのだから、ホテルのような建物があるわけではない。人間の手が入っていない自然が、マルベリー・マウンテン・ロッジの周囲にはあふれている。


フェスに向かう道から祭りははじまっている。

 日本を出発する直前に、西隣の州オクラホマで竜巻が発生し、死者が20人を超える被害を及ぼした。アメリカ中部では、雲はほとんどが南西から北東へ流れていくため、東にあるアーカンソー州に警戒は出ていかなったけれど、気候が不安定であることだけは容易く想像できた。

フェス開催の前日に会場からもっとも近い町、オザークに到着した。人口3000人あまりの小さな町。まず我々が立ち寄ったのはウォールマート。アメリカのどこにでもスーパーのチェーン店も、ほかの町にあるウォールマートとは明らかに違って、規模が小さく、陳列される商品点数も少ない。水、ビール、ワイン、簡単な食料…。フェス期間中に必要と思われるものをカートのなかに入れていく。想い想いのTシャツに身を包んだ集団も、同じようにショッピングをしている。<ワカルーサ>参加者たちだ。同じ目的地を目指す仲間に出くわす。そこで一気にフェスモードにシフトチェンジした自分がいた。彼らは前日入りするのだという。4日間におよぶ未知なるフェスへの期待が、自分の頭のなかでどんどん大きくなっていく。町に数軒しかないモーテルにチェックイン。長旅の疲れを引きずらないように早めにベッドに入った。


 「猛烈な嵐」のなかの初日。

フェス初日。天気をチェックするためにテレビを付けた。すると、どのチャンネルでも天気のことばかりが放映されている。タイトルには「SEVERT STORM CENTRAL」とある。「猛烈な嵐の中部」。<ワカルーサ>のツイッターやフェイスブックでも注意を呼びかけていた。雨の対策で言えば、アメリカのフェスヘッズよりも我々日本人のほうが長けている。<フジロック>と同じような装備を持って、朝9時にオザークの森へ向かった。


ナショナルフォレストのなかを通る道ということもあって、家はほとんどない。たまに視界が広がると、そこには牧場がある。車を走らせていく。少しずつ標高も上がっていく。と同時に車の窓から見える緑が濃くなっていく。交差点もほとんどない。行き交う車もほとんどない。前後を走る車もない。モーテルから20マイル。道路標識が現れ、やっと人がいた。スタッフが誘導のために立っていた。誘導にしたがい交差点を左折して列に自分の車を進めた。そこがサウスゲートだった。ここで荷物のチェックをし、チケットをリストバンドに変えてもらう。このサウスゲートのあるエリアで、すでにテントを張っているヘッズもいる。チケット購入が遅れ、会場内にテントが張れないファンは、ここからシャトルを使って行き来するのだ。

列に並ぶものの、なかなか前に進まない。僕ら日本人は進まないことに多少いらついたりするものの、周りのアメリカのヘッズは、すでにビールを呑み出し、パーティーをはじめている。待っているときも楽しむ。これもアメリカならではの光景だ。

地面はすでに一部が泥状態になっていた。深いところでは足首くらいまでぬかるんでいる。昨夜、強い雨が降ったのが明らかだ。


車の列はいつ動き出すのだろう。そんなことを思いはじめたときに、女性スタッフがヒステリー気味に「車に入れ!」と叫んで通り過ぎていった。アメリカでは、屋外での飲酒はご法度だ。パーティーをはじめているヘッズに対して釘を刺したのかと思っていた。数分後、午後の早い時間だというのに、一気に辺りが暗くなった。と同時に土砂降りの雨と雷が襲ってきた。車の外にいたのでは、危険を感じるほどの豪雨。「猛烈な嵐」とはこのことだったのだろうか。ゲートで荷物チェックも中断されていた。そりゃそうだ。自然の脅威は、そこにいるすべての人に、同じように降り掛かる。係員だからといって、危険を顧みずに仕事をさせるわけにはいかない。

1時間程度で豪雨はおさまった。一部が泥だったフィールドは、ほとんどが田んぼのようになっている。そしてしばらくして、ゲートにスタッフが現れ、持ち物のチェックとリストバンドの交換がはじまった。

このサウスゲートから3マイル、5キロほど先に<ワカルーサ>の会場がある。メディア&スタッフ用の駐車場に車を入れたときには、すでに5時近くになっていた。

初日に撮りたいライブ、掲載したいライブが集中していた。4日間のフェスは、今まで<ボナルー>しか参加したことがなかった。そして<ボナルー>でも初日が前夜祭のような雰囲気に満ちていた。けれど<ワカルーサ>は初日から、他の日と遜色ないラインナップだった。5時といえば、がメインステージでライブをしている時間だ。大きさやフェスが作り出す空気をつかむためにも、初日は全体を歩くことが多いのだけれど、見たいライブに参加するために、心は前のめりになっている。ほかに立ち寄ることなくまっすぐメインステージへ向かっていった。

ライブをやっているはずなのに、音が聞こえてこない。ライブエリアへのゲートも閉まったままだった。嵐によっていくつかのライブはキャンセルされていた。そしてゲートが5時30分にオープン。フェスのオープニングとしてステージに上がったのが、Galacticの後に予定されていたヨンダー・マウンテン・ストリング・バンド(YMSB)だった。2005年の<フジロック>に出演したジャムグラス(ブルーグラス+ジャム)のバンド。4人組が奏でる音は、弦だけとは思えない拡がりとグルーブを持ち合わせている。<ワカルーサ>というフェスのファーストコンタクトがジャムグラスの人気バンド。プロローグがなく、すでにクライマックスに突入している感覚。アメリカの本質にダイレクトにチューンインできたような感覚があった。


YMSBに続いてステージに立ったのがブラッククロウズ。3年ぶりに活動を開始したサザンロックの勇者。99年の<フジロック>に登場しているバンド。新しいギタリストにフィル&フレンズなどで注目を集めるジャッキー・グリーンを起用したこともあって、個人的には見たいライブの筆頭だった。ブラッククロウズの南部ロックに新しいエッセンスを加えていくジャッキー。ジャッキーのグターアンプの上にはサイケデリックのグル、グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアの人形が置かれている。

そして初日のヘッドライナーだったのが、サウンド・トライブ・セクター9(STS9)。ライブトロニカだけではなく、アメリカを代表するライブバンドに成長したSTS9。音と光がシンクロしながら、夜空へと放射される。野外フェスならではの開放感を味わうことができた。3つのバンドを続けざまに野外で体験する。途中、雨が強くなってきた時間もあったけれど、雨もまたライブのなかのひとつの演出というふうに受け取ることができた。それだけ、ライブに集中していたということなのだろう。3つのバンドのライブだけで、初日は終わった。


 フェスカルチャーを受け継ぐ場所。

2日目から、ほかのステージやキャンプサイトも巡りはじめた。数万人を集めるメインステージのほか、テントがふたつと野外ステージがふたつ。計5つのライブゾーンがセットアップされている。これ以外にも、バスでバンドが演奏していたり、ブースでDJをしていたり。いたるところに音楽が存在している。

キャンプサイトの半分を取り囲むように、その5つが配置されている。メインステージから一番遠いのが、森のなかのサテライトステージ。ここはさしずめテクノパーティー(レイブ)の雰囲気。いくつか見たライブがどれもがエレクトロニックなサウンドだった。セージで浄化されたチルアウトスペースも用意されている。居心地がよくて、ここでもっとも長い時間を過ごしたかもしれない。


VIPキャンプエリアの横に用意されていたのがバックウッドステージ。カントリーなどのバンドがセレクトされていた。イスを持ち込んでここでゆったりしている人も少なくない。<ワカルーサ>のなかで、一番ファンの平均年齢が高いのがここだろう。

ふたつの巨大テントは、サブステージという意味合いも持っていた。STS9やGalacticなど、メインステージにラインナップされていたバンドが、翌日の深夜にここでもう一回ライブをする。空が開けたビッグステージとは違うエネルギーの凝縮。これもライブの大きな魅力だ。

2日目の深夜にも嵐に見舞われた。この日(5月31日)、オクラホマを襲った竜巻は過去最大のものだったという。200キロ程度離れているとはいえ、オザークに影響がないわけではない。テントを持っていったものの、悪天候の予報にフェスキャンプは諦め、モーテルから毎日通った。

嵐に襲われたのだからキャンプサイトもひどい状況だった。田んぼのようになった大地は歩きにくかった。沼のようになってしまった場所もあった。スタックする車も続出していた。けれどそれを悲観するわけではなく、愉しみに変えるポジティブさ。それがアメリカ人は持っている。


ジャム〜サイケデリックに固執し、自然と触れ合うために選ばれた場所。そこに集うフェスヘッズはタフだった。そしていつも笑顔にあふれていた。

数多くのフェスでヘッドライナーを務めているワイドスプレッド・パニックは、3日目(土曜)にステージに立った。グロウスティックが飛び交い、カーニバルをイメージさせるように着飾った人が隣に現れたりする。山車やフラッグも多い。ライブをするミュージシャンやスタッフだけではなく、自分たちもフェスという時間を作り上げている。受け手や送り手ではなく共演者であること。それをフェスという時間のなかで、自分たちで演出していく。


69年の<ウッドストック>を起源とするフェスカルチャー。音楽ビジネスに取り込まれながら、いかにカウンターカルチャーとしてのビジョンを残していくのか。それはアメリカの良心を受け継いでいくことにほかならない。<ボナルー>よりも<コーチェラ>よりも、多くのヘッズが集まる<ワカルーサ>にこそ、僕らが憧れるアメリカがある。

振り返れば、僕らは恵まれていた。2日目から最終日まで、僕らが会場にいるときは雨が降らなかった。雲が多めだったから、日中の気温もそれほど高くならない。最高気温が25度、最低が15度。野外フェスとしては最適な温度だろう。4日間という長いフェスではあったものの「疲れた」という感覚がほとんどなかったのは、この天候によるところが大きい。


最終日、スヌープ・ライオンのライブの最中に、きれいな夕焼けになった。きっとオザークの森が「また来いよ」と言ってくれたのに違いない。

Lj31

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