【りんご音楽祭古川陽介・インタビュー】日常の遊びに延長にフェスがある。

フェス(祭り)

【りんご音楽祭古川陽介・インタビュー】日常の遊びに延長にフェスがある。

2009年に松本市になるアルプス公園を会場に立ち上がったのがりんご音楽祭。フェス好きのたったひとりの思いつきから開催が実現した。しかし、何もわからないまま突き進んだ結果、集客も思うようにいかず、莫大な借金を抱えることになったという。それでもフェス開催を続け、今では秋フェスを代表する存在となった。ひとりの強い思いがフェスを作り上げる。そんな物語を有するりんご音楽祭代表の古川陽介さんにインタビュー。

文=菊地崇


公園から聞こえてきた「開催の声」。

–––– りんご音楽祭音楽祭を始めたきっかけは?

古川 もともと僕はフェスがものすごく好きで、学生時代には朝霧ジャムのボランティアスタッフをやっていたんですよ。18歳19歳くらいの頃から5年間くらいやったのかな。あとはDJでサマソニに出たりだとか。フェスがけっこう好きっていうのがもともとあったんですね。今、りんご音楽祭の会場に使っているアルプス公園という公園が、松本市の人がふらっと行くような、市民に愛されている公園なんです。ある時に、天気もいいし、お弁当でも持って公園でゆるっとするかみたいな感じで行ったら、「ここでフェスやってくれ」みたいに聞こえちゃって。この場所がフェスにぴったりと思ってしまって。そんなことを考えていたら、ちょうど目の前に管理会社の車がパーっと通って、話しかけてみたら、実は今年から管理会社が変わって、今までイベントをできるように揃えていたのに、誰もやっていなくて、音楽イベントもやっていきたいねってちょうど話していたところなんです、って言われて。その人はめちゃくちゃレゲエが好きで。そういうことがあって、じゃあやってみましょうということで始めたんですね。

–––– それが何年のこと?

2009年の4月です。その年の9月にもう開催したんです。みんなに止められたんですけど。今思えば、本当にもう一年後の方が良かったですね。ノリでやっちゃったんですけど。とにかく大変でした。死ぬほど大変でした。というか終わった後は、ほぼ死んでいました。借金がすごくできちゃって、1日20時間364日働いて、借金を返したんですよ。元旦以外、毎日働いて。だからそんなに働いていたら、誰も俺のことは見ないじゃないですか。「本当にあいつは死んだんじゃないか」「何処にもいない」ってなって。その前までは何処にでもいたのに。それぐらい大変でしたね。

–––– それだけ借金を抱えても、次の年にはやりたくなってしまったわけなんですね。

やらないってことが悔しくなったんですね。一年目に絶対に大変だってわかりながら協力してくれた人たちにとって、次をやること、やめないことが唯一その人たちに返せることっていうか。ここでやめてしまったのなら、辛い日が一日あったというだけで終わってしまうけれど、続いていけば「あの時は」っていういい思い出になる。悔しかったのと2年目をやらないと、その人たちを裏切ることになるっていうことでやりましたね。

–––– 何もわからないまま、1年目は開催してしまったんですね。

僕は瓦レコードというハコもやっているんですけど、りんご音楽祭は自分のハコ以外でやるイベントの2回目だったんです。だから何も知らないで、やってしまった、やっちゃったという感じなんです。25歳の時なんですけど。何から何までダメで、端から全部ダメだったんですよ。ブッキング以外は、すべてダメでした。ブッキングは今と大して変わらないですけどね。


クラブでの当たり前の光景をフェスへ。

–––– ブッキングは好きだったミュージシャンを呼んだんですか。

基本的にはライブを見て、会いに行って、「ライブが良かったからでてください」ってお願いして。ほぼ全部それですね。今でもそうです。100パーセント、僕がブッキングしています。今年は160組。

–––– りんご音楽祭ではステージも多い。それだけ、いろんなバンドに出てもらいたいと思ってしまうわけですか。

はクラブ業界にいながら、ライブ業界というかフェス業界にも足を踏み入れている。フェスは好きですごく行っているけど、ここがこうならなとか、そんなことをすごく思うんですね。こうだったらいいのにっていうのを実現しているのがりんご音楽祭なんです。ブッキングに関しても、こういう人がもっと出たらいいのにとか。当初は、あまりフェスでは見ないアーティストが多かったですね。今となっては、りんご音楽祭に出るようなアーティストも多く出るようになったけれど。例えばDJでもちょっとポップな方向性のもの、ヒップホップも全然出ていなかった。

–––– 確かに革新的なラインナップだった

ハコをやっていることもあるし、普段からめっちゃ遊んでいるんですね。普段遊んでいるところに出ている人が、全然フェスに出ていないってことのギャップ。でもフェスで遊んでいる人は、けっこう普段ライブハウスとかにいる人が多くて。ただ出ている人はコンサート系の人が多い。でもフェスにはコンサート系のお客さんはそんなに来ない。そういう感じだったんですね。でもこの客層だったら、絶対にもっとこっちのお客さんを入れたほうがいいのに、っていうようなことを思ったりして。それでやっていたんですね。

–––– 確かにヒップホップは、あまりフェスに出ていなかったですね。

フジロックにライムスターが出るというイメージはないし。でもそれの方が僕としては違和感があって。普段、現場では一緒にやってんじゃん、なのになんで? みたいな。特にクラブ業界がフェスにコミットしていなくて、レイブ寄りなんですよね。ただそこにヒップホップだけぽっかり抜けていた。レイブでもないしフェスでもない。でもヒップホップは現場ではすごい人気じゃないですか。ここの乖離が、遊んでいるとおかしいなと思ったんですね。


田舎の街の都市型フェス。

–––– 松本でフェスをやろうとしたのは、松本という地方都市の活性化も気持ちにはあったわけですか

信州大学というところに行って、松本に住むようになったんですけど、松本のアルプス公園でやりたくて始めているんで。地元が盛り上がったらいいなという気持ちはもちろんあります。けれど最初はそこまで思っていなかったですね。ここでやりたいという気持ちの方が強かった。活性化するまで育つには時間がかかるんで、なったらいいなと思いつつも、最初の数年はそこまで歯がたたねえ、という感じでしたよね。今は経済効果が2億くらいあるみたいです。ほとんどが県外からのお客さんなんです。宿はほとんど埋まるような状態になっています。

–––– 今だと集客はどのくらい?

2日間で7000人くらいです。2500人くらいが宿泊している。最初は僕の妄想で、誰もが無理無理と思っていたらしいんです。スタッフも含めて、みんな。俺の妄想に近づいてきている感じですね。


今、何が起こっているかを知ること。

–––– 年を重ねるごとに、自分の夢に近づいている?

古川 そうですね。やってみると、ここができてねえや、やってみようかとか。やることで見えてくるものがあるんですよね。去年はじめてやってみたのは、全国でいい感じのパーティーをやっている人たちを、パーティーごと、チームごとブッキングすること。パーティーを全国から呼んで3時間を渡してやってもらうんです。ようはフェスなんだけどレイブ的な要素ですね。

–––– 全国でパーティーが盛り上がっている?

正直言えば、小箱以外はきつくて、どこも小箱カルチャーですね。大箱のパーティーは、どこも良くないですね、今は。人口が減っちゃって、大箱は成り立たないですね。無茶しないと成立しないし、無茶したらいいパーティーにならないし。なかなか大箱でいいパーティーってないんですけど、小箱は生き残っているんで。今は名古屋と沖縄が面白いですね。

–––– そういう地方にも遊びに行ったりしているのですか。

実は沖縄でもお店をやっていて。沖縄の音楽シーンが良すぎて、お店を出しちゃったんですよ。沖縄はやばいですね。こっちにその情報が全く伝わってなくて。すっごいいいのに。で、沖縄に行って遊んでみたら、みんなプレイするのはいいんだけど、情報発信とか、そういう器用さはまったくなくて。だから僕のお店でそこをやろうと思って。ハブになるような。

–––– 震災で沖縄に移住した人も多くて、感覚がミックスされているのかもしれないですね。

の人の方が全然面白いですよ。レベルがめっちゃ高いですね。知られていないだけで。もともと日本だと、普通に歌ったりだとか、普通に踊ったりとか、普通に音楽をやったりというカルチャーがないじゃないですか。沖縄は、飲み屋なんかでも普通にみんな歌うんですよね。

–––– カチャーシーをやったり。

本当にすぐにそうなるし。音楽が生活に根付いているっていうところが、日本の他の土地にはないもの。そういうバックボーンがあるのかないのかで、明らかに違いますね。みんなステージに立って歌っても、ラップしても、演奏しても、無理がないっていうか。いい意味で気張ってないっていうか。音楽を含めた遊びとしての文化が、明らかに根付いているので、そういうところで育つと、いいステージをやる人も多くなりますよね。若い、ふわっとした女の子でも、めちゃいいライブをしますからね。

–––– 東京では、自然発生的に音楽がなるとかってないもんね。

そういうことがやりたくて、目指して、すごく頑張って、かっこつけて、ステージに上がるみたいな。普段とは違う。それもいいことだと思うけれど、そもそもDNAにないと、なかなか巻き込むようなプレイにならないというか。

–––– 東京ではライブもイベントもなかなか難しい。

楽しいことをする上での大変なことが多すぎて。沖縄なんて、どこでも楽しそうにやっているから。

–––– 確かに東京は、暮らしていくこと自体が苦しく感じている人が多いかもしれないですね。

沖縄は、自然体で楽しんでいる人が多いので、すごくいいなと思って。それが全然こっちに知られてないので、そこのハブになれればなって思ってお店を出しているんです。りんご音楽祭でやっていて感じるのは、やっぱり知るっていうことって大事だなって思っていて。知らないと考えられないし。例えば、今、高江がすごく問題になっていますけど、高江で石原岳さんという方が高江音楽祭というものをやっていて、それごと呼んだこともあったんです。それは政治的なことを伝えたいんじゃなくて、こういうことが起きているということを知ることが大事。あとは見た人、聞いた人が考えればいいことなんです。こう考えなければならないっていうことはやりたくないんですけど、知ることは大事。それを友達が高江音楽祭というものをやっているから、友達がやっているんだったら、多くの日本人は高江っていう場所のことさえ知らないし。そこでこんなことが起きているっていうことも知らないから、じゃあやってもらおうかな、とか。知ってもらうということをやっていきたい。パーティーを呼ぶのも、ひとりが出ただけじゃわからないことってすごくあるから。普段こういう感じ位で、こういうプレイをしているっていうもは、ひとりのプレイだけを見るのとは違うんですよね。だからパーティーごとやるっていうのは、空気感を味わって、あ、名古屋では面白いことをやっているんだ、名古屋に行ってみたい、そう思ってもらうきっかけ、行ってもらうきっかけになればいいと思っているんです。

–––– その地元の場所でこの雰囲気を味わいたいと思うことも多いわけだし。

行動するきっかけになることができたらいいなと思っているんですね。だってりんご音楽祭は一年に一回しかないから、普段の方が圧倒的に大事なんですから。


自分たちの音楽をオーバーグラウンドに。

–––– やっていて一番楽しいこととは?

みんなが一番楽しそうにしているのを見るのが、一番楽しいですね。みんなが上がれば、俺も上がる。基本的にはパーティーをほぼ毎日やっているし、DJをやって、好きな音楽を好きなタイミングで聴けるし、普段から満足度は高いんです。そのなかでも一番満足度が高いのは、みんなが上がっていることなんですね。りんご音楽祭の時は、上がり方が半端なくて。それを見られたら最高っすよね。

–––– それがフェスのマジックなんだろうね。

まあ、いろんな人の熱量が、1日にこんなに集まるってなかなかないですよ。俺の現場のなかでは、明らかにりんご音楽祭が最高。しかも毎週毎週そこでは熱量があるっていうものをすべてて集めているから、やっぱり違いますよね。

–––– 次の目標とか持っています?

僕の目標は、自分の島を持つことで、オレアイランドですね。そういう人生の目指すものの一個にりんご音楽祭があるんです。りんご音楽祭に出ているような人たちが、日本のJ-POPになったらいいなと思ってやっています。うちからオリコントップ10はまだ出ていない。りんご音楽祭で人気を集める音楽が普通にテレビから流れてきたらいいなって思っていますけどね。アンダーグラウンドをやっている気持ち、やりたいという気持ちもさらさらなくて。なんでかっていったら、アンダーグラウンドはいっぱいあるから。充実しているけれど、ポップスの方は充実していないと思っているんです。俺たちの音楽が日本のポップスになれたらいいなと思っています。


りんご音楽祭代表の古川陽介さん。この人の熱い思いが、りんご音楽祭を秋フェスを代表する存在へと導いた



りんご音楽祭

開催日:9月24日(土)~25日(日)

会場:長野県松本市 アルプス公園

出演:THE King ALL STARS、踊ってばかりの国、前野健太(BAND SET)、ALTZ、韻シスト、KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)、jizue、Shing02、DJ EYヨ(BOREDOMS)、アナログフィッシュ、あふりらんぽ、eastern youth、ギターウルフ、水曜日のカンパネラ、THA BLUE HERB、青葉市子、Nabowa、DJ HIKARU、一十三十一、Polaris、DJ YOGURT、ラビラビ、他


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