岡山へ no.3 東日本大震災以降、西日本に移住する人が多いという。岡山はそんな人たちが目指す場所のひとつだ。生活はどうしているのだろうか、住んでいる人たちとのつながりは……。

ローカル(日本)

岡山へ no.3 東日本大震災以降、西日本に移住する人が多いという。岡山はそんな人たちが目指す場所のひとつだ。生活はどうしているのだろうか、住んでいる人たちとのつながりは……。

文/写真・片岡一史

移住者のサポートとエネルギーシフトを目指して

アキシホさんや<ちゃかぽこ洞>のコウジさんのように、手に職を持っている人たちだけが岡山に移住しているわけではない。まずは、お母さんと子どもで避難しようと、お父さんを東に残して岡山に移り住んでいる家族も多いようだ。そんな母子を受け入れているシェアハウスもある。その受け入れに取り組んでいる<子ども未来・愛ネットワーク>の代表、大塚愛さんと、ご主人、尚幹さんに会おうと、夕方、アキシホさんに案内していただいた。

子ども未来・愛ネットワーク>のホームページには、「子ども未来・愛ネットワークは、福島や東日本の子どもを放射能から守ろうと、岡山の市民と避難・移住者が始めた会です。被災地とつながり、ともに手をたずさえながら、さまざまな支援活動を行っています。また二度と原発事故を起こさないために、エネルギーシフトをめざす活動にも、積極的に取り組んでいます」とある。シェアハウスで母子で暮らす家族の方々に情報を提供したり、福島や東日本の子どもたちの一時保護などをしている。

大塚愛さんは、もともと、岡山出身で、99年から福島の川内村<獏原人村>に住んでいた。12年経った3月、福島原子力発電所の事故。


子ども未来・愛ネットワーク>代表、大塚愛さん

「原発も近かったから、すぐに実家に帰ってきました。福島の状況はひどいだろうと、子どもたちの避難をサポートするために、5月、<子ども未来・愛ネットワーク>を立ち上げました。移住の相談をはじめたら、福島よりも関東の移住者が多かったのが意外だったんですけれども、この問題に境目はありませんから、皆さん、同じように受け入れました」

2011年夏、受け入れ先としてシェアハウス「やすらぎの泉」が和気町にオープン。続いて、大塚さんたちもシェアハウス「結いの家」を作り、現在では、7軒ほどのシェアハウスが稼働している。

「最初の年は、取るものも取らず着のみ着のままで避難してくる人が多かったから、混乱しているし、情報も錯綜していたし、大変だったんですけれども、2年目、3年目と、だんだん、落ち着いてきました。それでも岡山の場合は、まだ、避難してくる人がいらっしゃいます」

事故当時はまったく関心がなかったものの、ちょっとしたきっかけで、自分が住んでいる周囲の放射能の汚染濃度が高いのではないかと疑問を抱き始めて来る方や子どもへの影響を考えて来る人、友人が西に移ったから来る人、多様化しつつあるという。

「岡山に行きたいから来たというよりも、今いるところから出たいということで来る方が多いですから、岡山ははじめてっていう人が多いですね。そうやって来る人たちが求めていることがふたつあって、ひとつは〝情報〟。もうひとつは〝人との繋がり〟です。このふたつが大事だと思って、この本をつくったんです」

<子ども未来・愛ネットワーク>では、2013年3月に『ちょっとこられぇおかやま はじめての岡山暮らし応援ガイド』を発行し、今年Vol.2を制作した。この本では、岡山の紹介からはじまり、避難者交流会、支援グループやシェアハウス、行政サービスや不動産屋さん情報などが掲載されている。

シェアハウス「やすらぎの泉」は、3号館まででき、10室ほどが稼働している。これまで、のべ120組のご家族を受け入れてきた。

「最初は、ひどい状態になるだろうと思って、なるべく、こっちに来るほうがいいだろうと思ってはじめましたけれども、福島からも移住のリスクは大きいんです。経済的な問題もあるし、地域と断ち切られるだろう精神的なストレスもあります。これは一人ひとりが納得できる選択をするしかないんだと思っています。誰かに言われたからとか、すすめられてではなくって、自分で答えを出して行動するしかありません。母子でこちらに来られても、お父さんと離ればなれはきついからと言って戻っていかれる方もいらっしゃいます」

移住した人と移住しない人との間に微妙なズレが生じることもあるだろう。あくまでも、その個人が、どういう行動を選択するのか、落ち着いて考えてもらったうえで相談に乗るのが大塚さんの仕事だと言う。東京でも8月9日、岡山市の主催で、移住相談会が開催されるそうだ。


自給エネルギーチーム・自エネ組

愛さんのご主人、尚幹さんは、時給エネルギーチーム、<自エネ組>の共同代表として活動している。共同代表のもうおひとりは高知の木村俊雄さん。『88』36号でも紹介した東田トモヒロさんも<自エネ組>の熊本・肥後組長だ。

「木村さんは、<自エネ組>?って眉をひそめて、自分たちでは<自給エネルギーチーム>って言ってますけどね。ダサいけど耳に残るじゃないですか<自エネ組>」と大塚尚幹さんは笑う。


自エネ組共同代表、大塚尚幹さん

獏原人村に住む愛さんとご結婚された尚幹さん、獏原人村に住むことになり、最初の条件は「電気と電話のないところには住みたくない」ということだった。しかし、獏原人村に電気はない。これを何とかしなければと研究したのがソーラーパネルによる自家発電だった。

6年間、試行錯誤の末、太陽光発電でネックだったバッテリーの問題も解決。今では、伊豆、長野、相模原、東京など、全国各地からオーダーもあり、有機的なつながりで、各地に<自エネ組>組長も誕生している。

「バッテリーは大きいほうがいいんですけれども、1週間なんとか保つ分のバッテリーがあれば、1週間以上晴れ間が見えないということは、ここではありません。今のソーラーパネルは薄曇りでも発電できます。それに、無理して100%自家発電じゃなくても、バッテリーに負荷がかかるようだったら商用電源に切り替えればいいんです。9割、自家発電するだけでも、これは大きいでしょう。電気を自給していたほうが災害にも強いし、物価の上昇も関係ないですから」

大塚さんの方法では、バッテリーのメンテナンスをすれば、半永久的に使えるという。「送電網をオープンにするとか、電力の自由化とか、いろいろ話には出ていますけれども、結果を待っていてもいつになるか。個人個人が発電して自給していけばいいんです。自家発電で天気を気にしながらする生活もいいかもしれませんよ。今日は天気がいいから、ちょっと、電気の無駄遣いをしちゃおうとかね」と大塚さん。



大塚さんご夫妻は、それぞれ違った活動をしているものの、その目標、見ている先は、共通しているように感じられた。

その日は、アキシホさんの家に泊めていただき、翌日、大塚さん、佐々木さんにご挨拶をして、岡山を後にした。二泊三日の岡山の旅。食品、まつり、移住、エネルギーシフト……話題は多岐にわたった。ひとつひとつのネタは違っていても、その根底にあるものは共通しているように感じた。「いかに生きるか」。誰もが新しい価値観を模索しているように思えた。いろいろな人にお会いしたけれども、まだまだ、興味深い方は、岡山にいらっしゃるようだ。また、東京に残っている人もいる。東京に残っているからとか、地方に移住したからとか、そういうことではなく、それぞれ、独自の方法論で「いかに生きるか」という永遠のテーマにチャレンジし、お互い、この距離に分断されることなく、繋がり、情報を共有していくことが大事なのだろう。


大塚家の3月の電気使用量、「0kWh」に注目!

移動中に話していた<コタン>の近藤さんの言葉が耳に残っている。

「オーガニックっていう言葉は、輸入した概念だと思うけれども、よく考えてみると、日本は、昔、完全自給で、有機生産物、発酵食品、海草も食べ、精進料理もあり、完全な循環型だった。僕らがやっていることは、もともとあったものを再発見していく作業なのかもしれない」

自エネ組
岡山・備前組長・大塚尚幹/高知・土佐組長・木村俊雄/静岡・駿府組長・園田利朗/富山・越中組長・河上朋弘/香川・讃岐組長・大西王仁/熊本・肥後組長・東田トモヒロ/福島・岩城組長・風見正博/東京・江戸組長・杉山英祐(中央電気)/東京・江戸組・田中竜一/京都・丹後組長・THE FAMILY 村本敏/鳥取・因幡組長・幸田直人/神奈川・相模組長・瀧川和宏/山口・長州組長・荻衛(オギデンキ)

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  88 37号(2014.7.31)

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