アイヌ長老の教え 第5回 キムンカムイ(熊─山の神)

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第5回 キムンカムイ(熊─山の神)

語り部・秋辺得平
写真・廣川慶明 /切り絵・依田恭司郎

アイヌ社会のなかでは、自然の輪廻で形成されたシステムがあります。月はおよそ30日で新月から新月へ、あるいは満月から満月へ一巡りします。月の満ち欠けが12回あると1年になります。世界中のどの民族も、月と太陽によって自分たちの周期を決めています。これはアイヌも同じです。北海道は亜寒帯ですから、夏と冬の二季になります。夏を『シャク』、冬を『マタ』と言います。日本の四季にあたる春と秋を意味する言葉もありますが、北海道の春と秋は短い。『シャク』とは「貴重」とか「重要」という意味もあります。シャコタン(積丹)とは「夏のコタン」。『マタ』は「地表の上」、しかも「女神のお腹の上」という意味も持っています。山々は非常に豊かなところです。雪で豊かさが閉じてしまう冬のことを、「女神のお腹の上」なんて表現をする。

「夏、山へ入るな」という教えがあります。山とは山野原野のことを指しています。つまり「内陸部へ入ってはならない」。夏は山がどんどん生い茂る季節です。熊を中心とした動物たちが、もっとも大切な時を過ごす季節なのです。生物たちの営みが豊かな時は、人間が入ってはならない。では夏の間、人間はどう生きるのか。『海辺で過ごす』のです。アイヌはもともと魚捕りの名人と言われていて、実はアイヌの生業は漁業なのです。

夏とは逆に、冬は山へ入ってもいい。冬に山へ入ることを『マタキ』と言います。『キ』は「行動する」。『マタキ』とは冬に行動すること、冬の狩りのことです。東北地方で使われているマタギは、間違いなくアイヌ語を語源としています。

冬に山へ入ることで重要なのは、見通しがきくということ。そして木々が休んでるということ。人間はカンジキを履けば行動しやすい。山での最大の狙いは熊です。熊は都合良く穴のなかで静かに待ってくれている。

熊は動物の神々のなかで一番重要な神様です。熊は山岳地帯を司る神様。熊の神様のことを『キムンカムイ』と言います。『キムン』は「山」、『カムイ』は「神」。熊は「山の神様」なのです。

神様が人間に会いたくて、熊に姿を変えてこの世に現れている。熊の毛皮や肉は、すべて人間のためにお土産としてもってくるもの。つまり熊は化身なのです。

それでは、人間にとってどれだけ熊が重要な存在なのか。熊の胆と称される胆嚢はものすごく効きます。肉はおいしくて腹持ちもいい。アイヌにとっての主食は鮭と鹿です。鮭は食べてもおいしいし腹持ちもいい。鮭弁当を発明したのは大阪人ですけど、鮭が腹持ちするということを、無意識のうちにわかっていたことに他なりません。一方鹿の肉は、淡泊で腹持ちしない。和食に例えれば、うどんやそばといった麺類と同じような存在です。山へ入る時には、弁当として干し肉を持っていきますが、鹿ではなく熊の肉を持参します。これは熊の肉の腹持ちがいいからです。熊は雑食性の動物で、草食性の動物と違って汗をかきませんから毛が抜けません。毛皮はとても丈夫で暖かい。肉、内臓、毛皮…、すべてが優れたものなのです。

狩りをするアイヌは一冬に2〜3頭の熊を獲ります。雌熊で生まれたばかりの小熊が一緒にいる場合も、ごくまれにあります。そんな時は、小熊をアイヌの住む里に連れてきて育てます。人間のおっぱいを飲ませて育ててあげる。人間に育てられた小熊は、自分が人間だと思って成長する。爪も大きくなり、人に危害を加えてしまう可能性も生じてくる。人間に育てられた熊は、残念ながら野で暮らすことはできません。小熊が3歳になると殺さなければならなくなる。神々の国に還ってくださいという儀式、それが熊祭りです。

熊祭りは、ものすごく丁重な祭りです。人間が人間以外の動物と向かい合って生きる。そしてその命を頂いていくということに対する重大なセレモニーであり、非常に重要なマナーなのです。『キムンカムイ』を山へ還す。それは荘厳なものであり、命の大切さを見つめる極めつけの祭りなのです。

profile 秋辺得平  
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

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