アイヌ長老の教え 第6回 口承物文芸

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第6回 口承物文芸

語り部・秋辺得平
真・片岡一史/切り絵・依田恭司郎

人の心を伝える手段のひとつとして、今の時代には文字があります。確かに文字は便利です。一方で、文字があるからこそ嘘っぱちの歴史が書き残されてきています。日本には古くから文字があって、文献が残されていると言われていますけど、それも信じていいことなのかどうか疑わなければなりません。『日本書紀』は500回も書き直したと言われています。これは文字による歴史の歪曲でしょう。

20代なかば頃の私は、阿寒湖畔で観光客向けの仕事をしていました。阿寒湖には観光船があるのですけど、アイヌの物語をでっち上げて観光客に伝えていた。日本人向けに、『まりも』にアイヌの男女の悲恋の物語を付随させて関心を集めようとしていた。困ったことでした。金田一京介が残した『ユーカラ全集』にも『ニシマク姫』という恋物語があります。しかしこの物語は悲恋じゃなくてハッピーエンドです。アイヌの物語に悲恋は多くありません。

人類はそもそも文字なんて持っていませんでした。日本でも便利に文字が使われるようになったのは、近代から現在までのここ100年くらいのものです。

近代や現代のなかで生まれてきた創作物語は、人間の個の生き様を語ったり、地域社会を語ったりしています。それらの物語は、文学という括りのなかで細分化され成り立っているように思います。ただアイヌにとっての文学とは、人間がカムイと呼ぶ自然とどのように共存していくのか。自然界のなかで、樹木の神様がどのような役割を果たしているのか。ふくろうの神様がなぜ村の神様なのか。それぞれの物語について語るわけです。文字として残すのではなく、先人から教わってきたこと、そして自分で体験してきたことを口から発して伝えていく。言葉を選んで、折り返しをつけながら物語を伝承していく。

口承された物語や叙情詩のことを<ユーカラ>と言います。<ユーカラ>で使われていた言葉を<アトムテイタク>と言います。<アトムテ>とは「光り輝いて」という意味で<イタク>は「言葉」。いわゆる雅言葉のことです。古代ギリシャの叙情詩である『イリアス』や『オデュッセイア』も口承で伝えられてきた文学です。<ユーカラ>は『イリアス』『オデュッセイア』、ヒンドゥーの『ラーマヤナ』に匹敵する、口承文学だと言われています。世界三大叙情詩とも五大叙情詩とも讃えられているのがアイヌ文学なのです。

<アトムテイタク>に対して、日常で使われる言葉は<ヤヤンイタク>。<ヤヤン>とは「積み重ねる」とか「折り重なる」という意味です。たくさん喋るという意味です。

嘘のアイヌのことを伝えられるのがたまらなくなり、本当のアイヌのことを伝えたいと考えるようになったのが、阿寒湖畔で働いていた20代の頃。そんな時に、アイヌのばあちゃんに出会いました。そしていろいろなことを口承で教わりました。

日々付き合ううちに、アイヌのじいちゃんやばあちゃんから学ぶことは非常に大事だと気づいたんです。金田一京助が残した『ユーカラ』でもなく、大学の先生が研究したアイヌ政策史でもない。今、生きているアイヌの長老が知っていることこそ、もっとも大切な教えなのだと。そのひとつひとつが、現代に生きるすべての人間に大切な教えだったのです。

profile 秋辺得平  
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

8814

関連記事

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑