アイヌ長老の教え 第9回 チセ(家)

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第9回 チセ(家)

語り部・秋辺得平
写真・廣川慶明 /切り絵・依田恭司郎

2007年、網走市の山里という場所で、伝統的なアイヌの家<チセ>が復元されました。それまでの数年、アイヌの伝統的な先祖供養の儀式を復活させようという機運が高まり、その儀式の中心となる場所である<チセ>も復活させることになりました。

<チセ>を目の前にしたことによって、暮らしのなかでどういう智慧があったのかを、あらためて知ることになりました。私自身、それがどんな文化の意味を持つ建造物なのだってことを知りませんでした。

まず柱。外ふんばりと言って、やや外側から内側に傾斜させて柱を立てています。家はやや台形になるのですが、地震に強い構造なのです。使われる素材はナラ。ドスナラと呼ばれる落葉樹のハシドイなのですけど、この木は腐りにくい。柱として使った場合、優に50年は保つと言われています。今どき、コンクリート造のマンションでも50年も経てば腐食で危ない。

柱を立てた上にのせた屋根にも智慧があります。屋根の主要構造のひとつに<ケトゥンニ>というものがあります。<ニ>とは木のこと。<ケトゥンニ>とは小丸太3本の三角組の構造のことです。3本の支柱を上で束ねることによって、その上に覆う屋根の重さを分散させている。テントなどにも応用されている構造です。

柱や屋根以上に、暮らしの智慧がつまっていたのが床でした。<チセ>の真ん中にいろりがあります。通常1メートルくらい、浅くても60センチくらい掘ります。掘った底に小石を置きます。いろりの周りの床には、壁や屋根と同じ葦を茅葺きしたものを使っていました。

<チセ>では夏の間に太陽の光を浴びて蓄熱した地熱を、ひと冬かけてじっくりと引き出します。ひと冬といっても北海道は冬が長いですから、春が来るまでの半年ほどです。暖かさを引き出すのが家の真ん中にあるいろりです。<チセ>を建てたのなら、いろりの火は365日絶やしてはならないと教えられます。365日絶やさないことと燃やし過ぎないことが重要だとずっと言い伝えられています。私は寒い冬にはもっと燃やせばいいと思う。だけどそうではなく、ちょろちょろ燃やすことによって、地熱を家に引き込むことになるのだそうです。床に板を張ってしまったのでは、その熱は家のなかに引き込まれない。葦の束を敷いて、その分厚い空気層がいろりのほのかな熱を媒介に地熱を誘導して部屋を暖める。マイナス20度から30度の極寒をプラスの温度にまで導く。5度とか10度というような、現代の暖房で得られる温度にまで上がる仕組みになっていて、冬だけではなく北海道の遅い春の時期まで、いろりの火と葦の床が地熱をずっと誘導することがわかったのです。

明治以降、和人が数多く北海道に入ってきました。和人は冬の寒さから身を守るために、家を壁も屋根も床も、草類は使わずに板材を使うようにしました。けれどそれでは北海道の寒さは乗り切れませんでした。和人たちでもアイヌの<チセ>を真似て家にしていた人のほうが、より多く生き延びています。地熱を利用する自然の力を活かす<チセ>。夏は涼しく冬は暖かい。いろりで火を燃やすことによって出る煙で、虫も寄ってこない。<チセ>は北海道の気候に適した究極のエコ住宅と言えるかもしれません。

いろりの火の神様のことを<アペウチフチ>と言います。または<アペカムイ>。<アペ>とは火、<フチ>はおばあちゃん。火の神様は女の神様と考えられていて、しかも若い女性ではなく経験豊かな女性の神様。<カムイノミ>という祈りの儀式の中心になっているのがいろりの火の神様です。365日いろりの火、家の火を絶やさないということは、家を暖かくするということと同時に火の神様を守るということなのです。

<チセ>はすべて植物でできています。しかも多く使われている葦は燃えやすい草木です。家を守るためには火を用心しなければならない。火に対する注意を喚起するということによって、ここでも火の神様を大切にするという智慧を教えているのです。

住む環境を維持することが、そのまま神々への信仰と結びついていく。神々とは自然のことです。単に風を防ぐとか暖をとるとか、食事をするとか寝るとかという場所だけではない<チセ>。自然界の神々に感謝し、日々を生きていくために神々に常に敬意を表して暮らしていくベースとなる<チセ>。<チセ>を自分でも建て、<チセ>に住むことが新たな先人たちの教えに気づくことになると思っています。

profile 秋辺得平  
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

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