アイヌ長老の教え 第10回 <キキリカムイ>虫の神様

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第10回 <キキリカムイ>虫の神様

語り部=秋辺得平
写真=廣川慶明 /切り絵=依田恭司郎

前回は<チセ>家のことをお話しました。今回は<チセ>を建てるための教え、そして<チセ>を巡る環境についてお話します。

<チセ>の<チ>は「自分たち」という意味です。<セ>は「巣」のことを言います。<チセ>とは「私たちの巣」、つまり家(いえ)ということになります。

アイヌでは土地を所有することはありません。では土地は誰のものか。土地は誰の物でもないのです。<チセ>をある場所に建てるとします。カムイがご覧になっているからその土地のカムイに尋ねなさい、そのカムイに許可を求めなさい、と教えられます。

どんなふうに許可を求めるか。このくらいの広さの家をここに建てたいという場所を決めたら、その真ん中になる囲炉裏が掘られる場所に、小さな<ケントゥンニ>を作って焚き火をします。そこに炉鈎状のものを下げて、「ここに家の囲炉裏を作りたい。火の神様、ここで火を焚きますから、この土地を使わせてもらっていいですか」とお祈りします。そしておよそ1週間、夢見を見るのです。夢見で悪いことがなければカムイがよろしいと仰っている、と考えます。1週間というのは、月の周期で新月や満月からならばちょうど半月になるまでの期間。自然界のなかで、そのくらいの日数がひとつの区切りだということです。また人間が家を建てることへの準備や気持ちの置き方が、その日数のなかでほぼ固めることができる時間ということです。その間に不幸があったりおかしなことがあったりすれば、人間は夢を見る。その場所を借りることが許されたのかどうか、その夢見で決めるのです。

家の間取りを決めるために計測します。その距離を計ることを<チキリエパカリ>と言います。<チキリ>は「膝」、つまり足のことです。<パカリ>は「計り」。<パカリ>も日本語の語源かもしれません。間取りを決めることは、歩幅で計るということです。

いよいよ家を建てるという段階になって、村中の人が1軒の家を建てるために素材を山へ行って採ってきます。決して無駄になるような採り方はしません。必要な本数について、みんながきちんとわかっているのです。必要なだけ採って来て、皮を剥いて、タルキ材など全て整えてみんなで一斉に建てる。<チセ>は3日程度で建ったそうです。

住まうということは、それぞれの季節を通りながら、様々な自然界の先例を享受しながらその場所で生きていくことです。そして新築祝が行われます。新築祝を<チセノミ>と言います。<チセノミ>では供物を用意して先祖供養をします。供物は、家の周りのかなり広い範囲に散らします。それはその土地に住んでいた小さな虫や生き物を寄せて家を建てるわけですから、その小さな生き物たちに感謝の食べ物を差し上げるために行われます。

例えば山へ行って、シャケや鹿を獲る。そのときにも、穫ったものの一部を「きつねの神様に、これはカラスの神様に」と小動物に分け与えます。それと同じように、家を建てる際には小さな虫たちに分け与える。小さな虫たちのことを<キキリカムイ>と言います。<キキリカムイ>にも供物を差し上げるのです。

その土地を使わせてもらうことへの心遣いとともに、自分たち人間へ言い聞かせるための儀式だったのかもしれません。目には見えないような虫たちにも供物を差し上げるという行為は、関わっている人間の気持ちを落ち着かせる意味も含まれていたように思います。

アイヌのこうした儀式は、そこでの行為が具体的に何のためなのかがはっきりしています。ですから、家に対する愛着と責任が出てくるのです。

profile 秋辺得平
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

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