アイヌ長老の教え 第11回 <コタン>村

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第11回 <コタン>村

語り部・秋辺得平
写真=片岡一史/切り絵=依田恭司郎

<チセ>(家)が集まれば<コタン>(村)になります。<コタン>は永住ではなく、移動を続けていました。何十年かその土地にお世話になり、そして移動していく。トイレは穴を掘ったもの。いわゆるボットン式便所です。永住したのなら、周りの環境に影響を与えるかもしれない。特に水に関しては影響が大きいかもしれない。

ものを洗うために使う水はなるべく使うな、という教えもあるほどです。ユニークな例として、人差し指のことを<イタンキケムアシケペ>と言います。<イタンキ>は器、<ケム>はなぞるという意味です。<ケム>は他に血という意味もあります。日本語や英語では「血」は血液のことを指します。けれどアイヌでは液体のことを指していません。血管のことを意味しています。血管は人間でも動物でも、身体のなかをはいずっています。縫い針のことも<ケム>と言います。つまり人差し指は食器をなぞるもの、という意味です。<イタンキケムアシケペ>は、食器を洗う場合でも水で洗うだけではなく、きれいに人差し指でなぞって洗いなさい、という意味なのです。洗いものに使う水でも粗末にしてはいけない。洗い水を、大地にパッと撒いちゃいけないのです。穴を掘って、その土地の神様にちょっとだけ使わせてくださいとお願いして、穴に入れて閉じてしまう。

移動し終わって、人が住まなくなった場所のことを<トコタン>と言います。北海道には<トコタン>という地名はたくさん残っています。移動の証拠でしょう。

村の<コタン>は、もともと<コッタン>と言っていました。<タン>はあるという意味で<コッ>は窪地のことです。家を建てるときの外踏ん張りの柱のために掘った穴のことを<コッ>と言うのです。<コッタン>とは、柱を立てる穴があるという意味なのです。

山、里、海。この3カ所に人間の暮らす世界の広がりがあります。山には<キムンカムイ>という山岳地帯を守護する熊の神様がおられる。

海におられるのがシャチの神様。その海の神様のことを<レプンカムイ>と言います。<レプン>とは沖という意味です。海ではありません。海は<アトゥイ>と言いますが、沖の神様とは別に、波打ち際の神様もおられる。波打ち際はひたひたと波が寄せ「それ(波打ち際)を咬む」ので波の上におられる<カムイ>を言います。北海道の北東には礼文島と利尻島というふたつの島があります。礼文は<レプン>、つまり沖の方という意味です。利尻島よりも遠い方にあることを言うのです。<リ>は高い、<シリ>は土地。利尻は高い土地(島)という意味です。

里にいる神様はシマフクロウ。夜になると<チセ>の軒先にシマフクロウがやってきます。ねずみや蛇を獲りに来るのですけど、私たち人間にとってはシマフクロウが寝ている間に村を守ってくれている。シマフクロウが<コタン>に来るということが、生き物が全体にバランスよく構成されているということです。

海の神様であるシャチを、彫刻や自分の紋章に取り入れて身近なものにしていました。熊を獲るために冬に狩りへ行っていたのは、収穫よりも儀礼としての意味が大きかったからです。アイヌでは山や海の神様を里にある<コタン>に迎え入れていました。夏は海、冬は山。秋と春はそれぞれの季節の中間期にあたるので、冬の行動の準備は秋、夏の行動の準備は春に行われていました。海や山の神々を敬い、暮らしのなかに取り入れている。アイヌの家や村をとりまく事情が、見事に自然界と人間界のバランスを表現していたのです。

profile 秋辺得平  
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

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