アイヌ長老の教え 第15回 米〈シアマム〉

ローカル(日本)

アイヌ長老の教え 第15回 米〈シアマム〉

語り部・秋辺得平
写真・廣川慶明 /切り絵・依田恭司郎

私の父は青森の出身で、母がアイヌです。父は成田という姓でした。成田という苗字は田んぼを成したことから付けられたと言われています。平民苗字必称義務令によって、日本の国民は公的に苗字を持つことが義務付けられたのが明治8年のことです。西暦にすれば1875年。わずか100年余りのことです。当時の青森は稲作の北限地帯だったことから、父の家は成田という苗字なったと聞いています。

廃藩置県によって松前藩が無くなってから、明治政府は職を失った武士と農家の次男や三男坊を北海道に送り込んで、木を伐採して開墾していきました。開墾された多くの土地が畑になり、低地で水利のいい場所は田んぼになって米作りが行われるようになりました。それでも寒い北海道では、88日で田植えから収穫まで生育させるのは難しいので品種改良を重ねていった。ですから北海道の稲はおしなべて背が低い。ただ昨今では温暖化によって、北海道は一番米を生産するんじゃないかと言われています。そういう時代が近い将来に来てしまうのかもしれません。

アイヌで米のことを〈シアマム〉といいます。〈アマム〉は実を付ける穀類のことです。〈シ〉は「本当の」とか「すごい」という意味です。あるいは「立派な」という意味もあります。〈シアマム〉は「本当の穀類」。ですからアイヌにとっても一番上等な穀物が米だったんですね。

お酒のことを〈トノト〉といいます。アイヌでは稗を原料にお酒が造られていました。米を原料にしたお酒のことを〈シロマトノト〉といいます。つまり米で造ったお酒はアイヌにとっても「上等なお酒」なのです。

お酒は、日々の暮らしや〈カムイノミ〉などの儀式に欠かせないものでした。そもそもお酒造りは女の役目でした。女の手によってできたお酒が儀式にふさわしいかの味見をするのは男の役目です。そのお酒を吟味することを〈シントコサンケ〉といいます。〈シントコサンケ〉によって合格したお酒が〈ピリカトノト〉に認定され、〈カムイノミ〉などの儀式に使用されることが許されました。〈ピリカ〉とは「美しい」「かわいい」「良い」という意味で、〈ピリカトノト〉とは「良いお酒」のことです。呑めば気持ちよくなるお酒は神様も喜ぶに違いないとみなされていました。穀類は生産性も高く、そして蓄えておくことも容易にできる大切な食糧です。その穀物を使って造られたお酒は〈カムイノミ〉でもっとも大切な供物だったのです。

稗や粟などの穀類は、1000年以上前から作られていました。なかでも1番古いのは稗です。アイヌ稗という本州にはない品種で、北欧からきたと言われています。お酒は倭国から入ってきました。そして倭人からお酒の作り方も伝授された。穀類に麹を混ぜて発酵させることによっての酒造り。原料は自分たちで作っていた稗や粟です。けれど米を原料にしたもののほうが、より美味しかった。それで特別な呼び方の主役になりました。アイヌにとっても、米は特別な存在だったのです。

自分たちが生産する食べ物の頂点に米が存在している。それは、アジア
、特に私たちが住む東アジアや東南アジアではみな同じように持っている考え方に他なりません。


profile 秋辺得平  
1943年、千島ウルプ島生まれ。アイヌの人権問題に広くかかわるとともに、文化継承にも力を入れ、釧路アイヌ民芸企業組合をベースに精力的に活動を続ける。

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