神様に近い場所。いつでも安心して帰れる場所。大國龍笙 伊去波夜和氣命神社

ローカル(日本)

神様に近い場所。いつでも安心して帰れる場所。大國龍笙 伊去波夜和氣命神社

2011年3月11日、東日本大震災により甚大な被害を受けた町、宮城県石巻市渡波地区。住民約250名を救ったという神社を訪れ、宮司・大國龍笙さんからお話を伺った。

文・渡辺 亮/写真・依田恭司郎






大震災がもたらしたもの。そして生き残ったものの始まり。


宮城県石巻市渡波地区にある「伊去波夜和氣命神社」、通称「明神社」は石巻湾からほど近いところに建っている。東日本大震災でこの地域は巨大な津波に襲われた。「地震になったらおみょんつぁん(お宮さん)に逃げろ」という昔からの言い伝えをまもり、周辺の住民は明神社に駆け込んだ。津波は南側の石巻湾、東側は万石浦、そして西側の3方向から押し寄せた。通常、津波は引き波で被害が大きくなるというが、津波は明神社を中心に渦をまいた。駆け込んだ約250名は無事だった。

「国道から海側の渡波地区では3分の2の住民が亡くなりました。老若男女。あの当時は、悲惨って言葉は無かったですね。何でもいいから、一生懸命、一日一歩進むという気持ちでした」と話すのは、明神社の宮司・大國龍笙さん。まずは周りに生存者がいないか探し始め、それから見つからない行方不明者を探した。驚いたことに同じ地区でも水が浸かっていないところでは整然とした町並みがあって、被災した地区と見比べると、それこそ天国と地獄だと思ったという。

「ご遺体が見つかった場所で翌日もまた別のご遺体が見つかるということがあるんですよ。ガレキのある場所って見る角度によって全く印象が変わる。行方不明者の捜索は夏過ぎまで続きました。それまでずっとこの辺りはガレキの山だったんですよ」



震災直後の混乱のなか、大國さんは復興を願う気持ちで鯉のぼりを境内に立てた。その鯉のぼりを災害ボランティアの人が目にしたことで、大國さんとボランティアの交流が始まったという。その後、明神社に災害活動の拠点ができ、炊き出しなどの活動が始まった。そして被災地に復興の希望をもたせるため、5月5日の子供の日に〈まつりで復活! 石巻!〉という催しを開催した。多くのボランティアが手伝い、餅つきや屋台が出るなか、各地の野外フェスなどで活躍するペインティングユニットのGravityfreeが絵を描くなど、活気に満ちた祭りになった。その絵は今でも社に掲げられている。この例大祭は、翌年も翌々年も続けられ、少しずつだが規模が大きくなってきているようだ。



いつでも帰れる場所をつくるために。

「この町で生まれて、明神社に来ない人っていないんですよ。小さい時でも大きくなっても人生のなかで1、2回は必ず来ます。その人のこと、神様が記憶していると思うんです。御霊(みたま)として来たとしても記憶してて。この記憶というのは、この社にあるんじゃなくて境内の、特に土なんだと思ってます。ですから勘の強い人は建物のなかより、この境内のどこかに何かいるって言います。よく観光地に行って、あそこが良かったとか悪かったとか、そういうのって『気』を置いて来てるんだと思います。だから何十年後かでも思い出すことができる。そういうのを『記憶(気置)』と言うんじゃないでしょうか。命が助かった人が、何ヶ月後かにここにきて、涙を流してる人がいるんです。それは『気』をここに置いていったからこそ、戻れるのであって。安心して帰って来れる場所。私は神社ってそういうものでいいかなって思います。だからここの神社の形だけは変えたくない。直してもいいから、形だけは変えたくない。変わらないねぇって言われるのが、私が最高に嬉しいことかもしれません」

大國さんは何でも興味を持つ性格のようだ。25年ほど前から趣味は輝石(鉱物)集め、その前は世界のコイン収集、写真、バイクというように。大國さんと話していると子供のような無邪気さもみえてくる。

「Gravityfreeの絵は本当に良いから。絵が生きてるから。こういうの飾る神社ってそうないみたいだし。その意味ではここも新しくなっているとは思います。変わらないものと新しいもの、一緒でいいと思いますね。ここに初めて来る人は古いも新しいもないんだから」



最後に、神主としてのお仕事について伺った。

「ご祈祷の意味って、私もしっかりと持ってはいないんですよ。私は神主であって、神様じゃない。神と参拝者との取り継ぎなんです。それが神職だと思ってます。一生懸命伝えるだけが仕事ですね。私がお祈りしている姿をみて、何かを得て帰ってもらえば、それでいいかなって。最後には『ありがとう』しかないかもしれません。『神様ありがとう、参拝者ありがとう』って」

「人生ゆっくりでいい。成るように成るんですよ」と笑う大國さん。この笑顔の先には、震災直後のガレキの山を背に描かれた祭りの絵のように、町や人が生き生きとよみがえる、海沿いの風景がみえてきているように思えた。


2011年5月5日に明神社で開かれた〈まつりで復活!石巻!〉。周囲にガレキの山が残るなか、大勢のボランティアが手伝い、盛大なおまつりが行われた。鯉のぼりがあげられ、輪投げなどの子ども向けの遊びのほか、さまざまな飲食関連の屋台、美容室や整体なども並んだ。毎年恒例だった餅つきも行われた。久しぶりに地域の人が大勢集まったことで、お互いの安否を確認し合ったり、近況を交換し合ったりする機会にもなった。




伊去波夜和氣命神社
創祀の年代は不明。当初はほかの地に社殿があったが、寛政八年に現在の渡波大宮に遷座したと言われている。延喜式神名帳に記載されている陸奥国内の式内社百座のうちの一座で、『浜大明神』や『鹽釜明神』と呼ばれる。現在は通称「明神社」と呼ばれ、豊漁・海上安全や製塩の神として信仰を集めている。
宮城県石巻市大宮町37 Tel&Fax. 0225-24-1473

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