災害ボランティアに参加してみませんか? 茨城県常総市の被災地へ

ローカル(日本)

災害ボランティアに参加してみませんか? 茨城県常総市の被災地へ

2015年9月7日未明、日本の南、太平洋上で発生した台風18号は9日に日本列島に上陸、翌日にかけて記録的な大雨をもたらした。各地で被害が発生、茨城県常総市では鬼怒川の水が溢れ出た地域や堤防が決壊した箇所もあり、民家が濁流に流され、刈り取り直前の稲をなぎ倒し、尊い生命も奪った。

 文・写真=片岡一史


かつてここには8件の民家が建っていた。

土手が決壊。民家8家が流され人の命も奪われた三坂町

 「この土手は6年ぐらい前から工事することになってたはずなんです。いつも台風になると土手のちょっと下ぐらいまで水が上がってくる。それでも今までは決壊しなかった。大丈夫だった。ここいらに住んでいる人たちは安心してたんです。ここは決壊しないだろう、水があふれ出て来ることはないだろうって。あの日は、朝、7時ぐらいに起きて、水がどのくらいまで来てるかと思って土手に見に行きました。そうしたらかなり上がってる。でも以前、もうちょっと上まで来たときもあった。だからすぐ避難しませんでした。時間が経つにつれ、だんだん水位が上がってくる。お昼前ぐらい、やっと来たパトロールの車に、水がもれたら大変だから土嚢だけでも持ってきてくれないかって頼んだんだけど、難しいって。自衛隊に頼んでみるって言ってくれたんだけど、なかなか来ない。そうこうしているうちに水がもれはじめたんだ。もれると早いですね。うちのまん前。これは危ないって2階に上がった。あの恐ろしさと言ったら…。物置が流れる。車が流される…」

鬼怒川の決壊現場、常総市三坂町の堤防の前にお住まいになっていた金﨑政重さんに災害当日の様子をうかがった。金﨑さん宅は決壊してあふれ出る濁流のなか、かろうじて残ったものの家のなかは壊滅的な被害を受けた。

お会いしたのは9月29日。災害から2週間以上経ったにもかかわらず災害ボランティアが入ったのは今日がはじめてだった。というのも、前の道は金﨑さん宅の私道。しかもコンクリで固めた道は濁流によって下の土砂がえぐり取られ、反り返り、車は通行不能になってしまった。公共の場所ではないから自衛隊も警察も復旧作業をしてくれない。土手づたいに人ひとり、横歩きで何とか通れる状態。被災後、息子さんとおふたりだけで、濁流に荒らされた家のなかを、毎日、少しずつ片付けていたという。そして今日、やっと車が入れるようになり、重機が入り、ボランティアの手を借りて家のなかの泥、なぎ倒されたブロック塀などを排除する作業がはじまった。

「私たちだけではどうにもならない。来てもらって本当に助かった……」と、金﨑さん。これから家をどうするか、まだ、そこまでは考えられないと言う。

 

金﨑さん宅の1階部分には、一面、泥。それを撤去する災害ボランティアの方々

「今日来てくれて本当に助かった」と金﨑さん


2週間以上、少しずつ撤去作業を続けた金﨑さん親子

災害ボランティアの手がほしい

災害が起こると地域に設立されている社会福祉協議会が災害ボランティアセンターを立ち上げ、各地から駆けつけるボランティアの受け入れ態勢を整える。常総市社会福祉協議会の深谷和美さんにお話を伺った。

「今回は被災したエリアがかなり広範囲にわたっているので、場所によってまだまだ大変なところと、ある程度、片づけが落ち着いたところとあります。土手が決壊した三坂町や水が土手を越えた若宮戸などは、まだまだ多くの人の手を借りないといけません。一部のエリアはまだ力仕事が必要な場所もありますけれども、だんだんと生活支援の部分も出てきています。あとは私有地と公共スペースの間のゴミの処理なども人数が必要です。それから、ちょうど稲刈りがはじまった時期だったので、藁が流されて、いたるところに溜まっています。とても各ご家庭で処理できる状況ではありません。そういうところをボランティアの方々の力を借りながら地域住民と一体になって作業することがこれからはじまってくると思います」

シルバーウィークには3000人ぐらいの方が災害ボランティアとして集まったものの今は1000人以下。まだまだ人手は必要だ。


この日集まった災害ボランティアの方々


 災害ボランティアの役割とは

災害が起こると、まず、自衛隊、消防、警察が出動する。人命の救助やライフラインの確保、また、さらなる最悪な状況を生み出さないための応急対応にあたる。しかし、被災した場所には、まだまだ数多くの傷跡が残る。災害によって荒らされた家財などの整理、失った衣類や家財道具の確保、これからの生活を再構築する方法、メンタルケア……。被災以前の生活に戻るまでには数年、もしくは何十年の月日が必要だ。時間だけでなく、より多くの方々の援助が求められる。

「災害ボランティアというと、見た目は、家の泥を出したり、流されたものの撤去をしている人たちって見えるんだろうけれども、私は、そういう作業をすることが災害ボランティアに求められている真の姿だとは思ってないんです。被災地で失意のために座り込んでしまった人たちに手を差し伸べること、それが必要なんだと思う。災害って事件と違って加害者がいません。被害者しかいない。加害者がいないから、どこに不満をぶつけたらいいのかわからない。そこに<見ず知らずの無償の人>が来て手を差し出すっていうことだと思っています。それって目に見えないことです。見えるような行為、それが家の泥を出したり、重機を使って横たわっている電柱を撤去することだと思うんです。一番大事なのは、<寄り添う>とか<気にかける>とか、そういうこと。たとえば災害ボランティアで来て、家の泥出しをしましょうとなった時に、『こんなに荒れちゃった家、解体するんでしょ。それじゃ、泥出しする必要ないじゃない』っていう人もいる。だけど、泥出しをしていると、そこに住んでいた人の表情が変わってくる。最初、壊すって言っていたのに、ボランティアが泥出しを続けたことで、だんだんきれいになってくるのを見て、どんどん表情が変わっていって、『やっぱり、この家、お金かかるけど、直して住めるようにしようかな』って言ってくれるときがある。それこそが<ボランティアの力>だと思っています。解体するかもしれないけれども、そこに住んでいた人が、できればきれいにして、もっと住みたいって思うんだったらきれいにしたいじゃないですか。作業をするだけじゃないんです、ボランティアの仕事って」と話してくれたのは、今回、10日の夕方には被災地に入り、災害ボランティアセンターの立ち上げにも尽力した災害ボランティアのひとり、前原土武さん。彼の名詞には肩書きに「災害支援活動家 災害復旧・復興支援コーディネーター」とあった。

彼は災害ボランティアの仕事にはいろいろなものがあるとも言う。泥出し、破損したものの撤去や修復、炊き出しだけでなく、被災者の方々の話を聞く人、心を癒すために何かをやる人、またボランティアセンターの運営や事務処理……。今回の拠点のひとつ、上三坂公民館を訪ねた時にも、セラピストの方々が、被災者の方々にマッサージをおこなっていた。

「こんなに気持ちいいことって、ないよなー!」マッサージを受けながら思わず笑みを浮かべる被災者の姿がそこにあった。

「海外の被災地ではNGOが入って、それぞれが持っている専門分野のことをやるっていうのが普通です。災害ボランティアセンターというのは日本だけじゃないかと思います。けれどもこういうシステムは昔は必要なかったはず。なぜかというと、それぞれの村にあった<祭り>がそういう人と人との助け合いのつながりを作っていたんだと思っています。<祭り>が、その人とのつながりを作るという性格をなくしてしまって、地方の若者がいなくなって、世の中が変わってきた。だからこそ、必要になってきたのが災害ボランティアセンターというシステムなんだと思っています」と、前原さん。


被災者の方々にマッサージをする。ボランティアセンターのひとつ、上三坂公民館。この建物もやっときれいになった。けれども畳がない


 ボランティアに参加してみようと思ったら

 被災地支援という場合、「現地に行く時間がない」と物資の支援をすることも多い。しかし、被災地では、日々、必要なものが変わってくる。東日本大震災の際も、毛布が必要だということで、全国各地から毛布が集まったものの、集まり過ぎて、その整理をする人員や保管倉庫が必要になったという話も聞く。被災地は時間とともにつねに変化している。現地に行きたいと言っても、「ボランティアに行きたいのですが、どうしたらいいですか?」という問い合わせ電話で回線がパンクすることもある。

まずは情報収集。インターネットなどで現地の状況を把握することが、まずは重要だと誰もが言っていた。その場所で、その時に求められていること、もの何かを知ること。それができれば、きっと誰もが災害ボランティアになることができる。

前原さんに「なぜボランティアをしているのですか?」と聞いた。

「僕にとって災害ボランティアは<旅>のような感じですね。ボランティアに来ると出会いがある。知らない場所で、人とつながれる。2013年にやっぱり台風で大きな被害が出た伊豆大島にボランティアとして入りました。その後、しばらくしてまたその場所を尋ねると『あの時は、本当にありがとうね』って言ってくれるおばあちゃんと再会できる。そんな人とのつながりがあるんですよね」と。

もしも災害ボランティアに興味があったら、今回の常総市の場合、常総市社会福祉協議会のホームページや常総市災害ボランティアセンターのフェイスブックをチェックしてみよう。そこに現在の情報が逐次アップされている。

「災害ボランティアセンターって、<旅>をするときのツーリストインフォメーションセンターみたいなものだと思います」と前原さんも説明してくれた。興味がある方は、ぜひ、チェックしてみよう。

 常総市災害ボランティアセンター

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Keen Japanから靴が、Coleman Japanからは折りたたみチェアとタープが贈られた


左上奥の白い部分が決壊した土手。民家やさまざまなものを飲み込んだ濁流がここを流れていった

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