福島に夢と元気、希望を届けたい<br>なすびインタビュー

ローカル(日本)

福島に夢と元気、希望を届けたい
なすびインタビュー


文・写真=片岡一史


 登山初心者が世界最高峰を目指した理由

2011年、東日本大震災。福島のために何かしなければ。夢と元気、希望を福島の人たちに届けたい。世界一を目指そう! 世界一……、オリンピックで金メダルを取るのは無理。泳ぎはできないので世界一の海に潜るのは無理。だったら、山だ。エベレストを目指そう。山ならば一歩一歩進んでいけば、きっと頂上につけるはずだ……。
それが、なすびがエベレストを目指した理由だ。
もともと、山登りが趣味だったとか、楽しんでいたというわけではない。山登りはまったくの初心者だった。ただ健脚ではあった。四国88か所をまわるという企画で、普通の人だったら4~5時間かかるという峠道を、その約半分の時間で踏破することができた。同行者に、『山登りやっているんですか?』と聞かれるぐらい早かったという。山登りの素質はあったということだ。
そしてはじまったエベレストチャレンジ。2013年に第一回目の挑戦をし、その後、毎年、チャレンジするも、数多くの試練、苦難が登頂を阻む。
当初、「売名行為だ」「便乗だ」「エベレストに登ることが、なぜ、福島を元気にすることにつながるの?」など、非難、疑問は数多くあったものの、チャレンジを繰り返すうちに、その不屈のスタンスに、賛同者、支援者の輪が広がっていった。
そして今年、2016年、今回も登頂までには数々の難関・試練があったものの、頂上に立つことができたのだ。

エベレストの次は……

帰国後、7月、なすびに会った。
福島駅前でなすびを待っていると、駐車場の向こうから、大きな声が聞こえてきた。
「なすびさんね! よかったねエベレスト、成功して。おめでとう!」
地元の人たちに囲まれ、笑顔で握手を交わすなすびがそこにいた。
その歓談が終わるのを待って、挨拶し、話しを聞き始めた。
興味があったのは、エベレスト登頂成功、そして、今考えていることだった……。
一つ一つ、言葉を選びながら、なすびが話してくれた。
「僕にとって、エベレスト登頂は、最終目標ではないんです。『なすびさん、次の目標は、どこの山に登るんですか?』って聞かれることがあるんですけれども、山っていう具体的な目標は、正直、ありません。本来の僕の目的でいうと『福島に夢と元気、夢と希望』というのがあって、それで言うと、エベレスト登頂っていうのは、<目的>ではなくって、<手段>なんです。そこが決してゴールではありません。今回のことで、信頼とか、信用とか、そういうものが加わったかなというのがあるのかもしれませんけれども、むしろ『今後、僕が何をしていくのか』、そっちのほうに真価が問われるんだろうなと思っています。これまでと同じスタンスを貫き通しながら、さらにそれに、プラスアルファの、もう少し、大きな形での情報発信につなげられたらと思っています」と。

躍進する福島を目指して

2011年、東日本大震災発生時とその直後、岩手や宮城で、命を落とした方々の数は、福島より圧倒的に多かった。「0」の数が一桁違うぐらい違っていた。
しかしながら、その後、仮設住宅で将来を悲観して自ら命を絶つ方、病気などでなくなる方の数は、岩手、宮城の比ではないくらい多い。しかも増加しているという。
福島では、東日本大震災の被害が、いまだに続いているのだ。
「その後、関連してお亡くなりになった方の数が増えているっていうのは、由々しき事態ですよね。直接お亡くなりになった方はこれ以上増えないけれども、関連してお亡くなりになる方は、まだ増えるかもしれない。僕は、これには歯止めをかけることができるかもしれない。いや、かけなきゃいけないっていう思いがあっての、『福島に夢と元気、希望』なんです。将来を悲観してっていうのは福島の特殊な事情だと思う。これはお金とかモノではない。補償されているけれども、そこだけじゃないということもあるはずです。これには心の支援、メンタル面の応援が必要だと思います。この前、熊本に行って思ったのは、忘れ去られること、見放されているんじゃないかっていう不安感とかが漂い始めるとつらいということです。阿蘇大社っていう大きな神社も、この前の地震で被災して、その門前町のおみやげ屋さんも、お客さんが減ってしまったそうです。『とにかく熊本に足を運んでください、それが被災地の応援になります』って言われて帰ってきました。これは、僕が福島のことで、皆さんに言っていることでもあるんです。福島にとって、一番必要な応援はなんですかって聞かれると、とにかく、足を運んでくださいって。それで、飲んで、食べてもらう、それが福島のためになるんですよ、って。もちろん、それだけではないですけれども、忘れないでいてもらいたい。ネガティブなイメージがありますけれども、目を向けてもらいたい。気にかけていてもらいたい。それぞれの人たちができること、それをみんな考えて、行動してもらいたいですね。震災があった、津波があった、原発があったからこそ、この逆境をバネに、福島が大きく躍進していったらいいと思うし、そうしないといけないと思う。それには、まわりの皆さんのサポートがどうしても必要になる。そのきっかけ作り、情報発信が、僕の役目だと思っています」と、なすび。
なすびの旅は続く。


なすびprofile
福島県出身。テレビ番組「進め!電波少年」(日本テレビ)で、「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマにしたコーナー「電波少年的懸賞生活」に1998年1月から出演、注目を集める。劇団「なす我儘(がまま)」主宰、劇団丸福ボンバーズに参加、俳優として活躍。また東日本大震災以来、「あったか福島観光交流大使」として福島復興のためのPR活動を続けている。

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