近くて遠い水の話 柿坂神酒之祐  天河大辨財天社 第65代宮司

ローカル(日本)

近くて遠い水の話 柿坂神酒之祐 天河大辨財天社 第65代宮司

天と大地を繋ぐ水 。
循環する水に平和への想いを託す。
  
                      
文・菊地 崇/写真・依田恭司郎

大峯山系を源流とする水。

紀伊半島のほぼ中央に位置している奈良県天川村。修験道(開祖役行者(えんのぎょうじゃ))や仏教の修行のために、平城、平安の都から各天皇の勅使をはじめ、高僧貴顕(きけん)たちがぞくぞくと参詣されたのが大峯の山々だった。自然信仰と一体となった修験の山のひとつ、大峯最高峰弥山(みせん)の鎮守として祀られたのが天河大辨財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)のはじまりで、飛鳥時代のことだ。現在の「天河神社」という名称となったのは明治時代に入ってからだという。

天河大辨財天社の第65代宮司が柿坂神酒之祐(かきさか・みきのすけ)宮司。「天川は最高に清らかなところで、天川に流れている水は本当に清らかな水です」と静かに語りはじめた。「弥山の本体から、東に流れて行けば伊勢の宮川、西に流れて行くのが紀の川、北は大和川に通じ、南は天の川を下って熊野の速玉大社にいたる。四河分流(しかぶんりゅう)の原点が天川なのです」と弥山を源流とする水の行き先について話を続けた。

大峯山系の岩盤は、約二億六千万年以上前にアジア大陸で起こった地殻変動によって生み出された特殊な地層だという。海底火山の爆発によって隆起し、花崗岩や水晶となった岩盤。天川の年間の降雨量は2000ミリ近く。大阪の降雨量が1300ミリに届かないことを考えると、雨は少なくない。一昨年(平成23年)9月の台風12号では、天川を含む紀伊半島の広い範囲で総雨量が1000ミリを超えた。解析雨量では2000ミリを超えた場所もあったという。村内の各地で土砂崩れが発生した。その傷跡は今も残っている。

「すべては天からいただく一滴の水からはじまります。涙のような一滴の水の粒。そしてその水は、いずれ川となる。その流れを想うと、宗教的であり、科学的であり、哲学的です。水には三位一体のエネルギーも含まれているのです。自然の恵みは神々の恵みです。神々の包み込むような優しさと荒ぶるような厳しさ、自然はすべてが混沌として存在しているのだと思います。雨は災害にもなれば恵みにもなる。災害は復活する力を与えてくれます。暗い心は必ず明るい心に向かいます。自然は生きる力と喜びを与えてくれるのです。何事にも学びがあるのです」





水と融和すること。 

温暖で四季があり、緑豊かな日本に暮らす私たちにとって、水は身近にあるものだ。けれど視点を地球まで広げると、これほど水が豊かな場所は多くない。水は空気と同じように、あって当たり前のもの。もちろん、日本各地で雨乞いの儀式があるように、雨を欲することもあるのだろうが、天からの恵みは止むことはない。

「かつてこんな体験をしました。みそぎは冷たい水に入って『えーい』と気合いを入れて入っていくものだと想っていたんですね。でもあるとき、水のなかで完全な坐禅を組むことができたんです。そして自然に手が動いて、水の上に写経していた。般若心境を書いたんです。その文字が川に流れていく。それまで、水と融和していなかったなと感じましてね。本当の意味の水の命のことを私は知っていなかった。水と融和することを感じてから、みそぎがすごく楽になりました。水に入る構えがなくなったというかね。水といかに融和することを感じていくか。水にとけ込んでいくか。水は一滴で宇宙のような働きをします。みなさん、水をいただくという言い方をします。知らず知らずのうちに、水に感謝しているんですね。感謝という言葉を使わなくても、『はぁ、おいしかった』と口にすることが感謝になります。毎日、少しでもいいので気持ちを言葉にする。『ありがとう』とかでいいんです。言葉は言霊ですから。心を心として受け取れるような自分を作り上げること。水の心を心として受け取れる自分を作り上げること。水は生きとし生けるものすべての命の根源です。災害も喜びも、人間としての器を大きくしてくれるものです」

すべてのものに存在する理由があり、すべてのものに役割があると思ってしまう。水にも役割がある。そのことを宮司に尋ねてみた。

「誤解しないでいただきたいのだが、水の役割なんてあり得ないのです。そもそも『役割』という言葉が私は嫌いでしてね。命令の言葉なんですよ。人間もひとりひとりに働きがあるように、水にも大切な働きがありますから」





次世代によい種を残す。

大地に雨が降り、大地に染み入った水が川となり、川はやがて海に注ぐ。海の水は、やがて太陽の光によって水蒸気となって雲となる。雲は雨となって水を地表に落とす。その循環という水の流れは、今の自然環境を守ってさえいれば、ほぼ途切れることがないだろう。

けれど都市に住む私たちは、その循環を忘れがちだ。土はコンクリートで覆われ、川もコンクリートで固められている。自然の存在を近くに感じていないのかもしれない。

「都市では大地が無くなってしまった。そんな場所では本当の流れが滞っているんです。水の流れが滞っているということは、私たちひとりひとりの体内の流れも滞っているということ。流れが滞っているということは、ある部分が眠っているということです。それを掘り起こしてやればいいんですね。流してやれば、楽に生きられるんです。日本の精神は『正直』ということです。仏教で言えば『慈愛』、西洋では『博愛』。人間には『智慧』と『情』と『心』の三つがあります。それが『知情意』。今は『智慧』が『知識』に変わってしまっている。魂はボディが無くなったとしても永遠に生きます。よく『魂が腐っている』というような話を耳にします。けれど魂は神様からいただいたものだから、腐ることはないんですね。あなたの魂も、私の魂も、永遠に輝くものである。その作用をしてくださるのが水なんです。森羅万象からいただいた命を見極めたときに到達するのが水なんです。動物も植物も小鳥たちも、水が持っている働きをいただく。水は『きよき、あかき、なおき、ただしき』もの。『清らかで、明るく、素直で、正しい』ものなんです」

水の循環。生物に置き換えるのなら、種を残していくことに他ならない。次世代にバトンタッチしていくことで、自分だけの時間をもっと長いものへと継続させていく。その継続のなかから、調和が生まれてくるのかもしれない。

「自分の命をまっとうしたら、良い種を残す。その種が実って命をまっとうしたらまた次の種を残す。良い種を残したら、次のものが芽生えてくる。本当は、何もいらんのですよ。人間も最後は水で閉じる。生まれるときも水、最後も水。どんなに偉い人でも間違いがある。完璧ではありません。それが人間です。人間が人間を見て『偉い』なんていうくらいだから、間違うわな。本来は人間が偉いんじゃなくて、自然が偉い。自然が偉いんだってことを、水が教えてくれるんですよ」





観月祭の満月と七夕の星。

水の働きの根源は月であり、火の働きの根源は太陽である。陰陽(おんよう)。天河大辨財天社での水の神事は観月祭だ。タライに清水をくみ上げ水鏡とし、そこにお月さまを浮かべる。そして月に、水に感謝を捧げる。

「かつて、僧空海(弘法大師)は、天河に一千日のお籠りをされました。天河を水の神と称えられ、お祈りをされたと言われています。大師が残された言葉のなかに次のような御託宣があります。<たとえ満月の夜に月が出なかったとしても、大雨の日であっても、その雲の上には煌煌と輝く月があるということを知りなさい。大地に住む人々の心の器は、小さい器も大きい器もある。その器に応じてしか光(神の光)を受け取れない。すべての人々が、心の器を大きくして、光を受ける境地となっていけるよう>。水を讃えて、水に感謝する。それがひとつの行いです。あとね、水のことを考えても、水からは何も生まれてきませんよ。水を考えるなら火を考えなさい。陰陽なんだから、火を考えることによって水の本体が見えてきます。プラス・マイナス・ゼロ。いっぺん逆のほうから見てみなさい。生きとし生けるもののすべての命の源は水である。そんなことはみんなわかっています。水だけあってもどうしようもない。火があって、融和があって、人々がある。大地を考えるのなら、天や宇宙を見なさい。宇宙を考えるのなら、大地を見なさい」

旧暦8月の七夕。天の天の川は南北に流れている。その星たちの煌めきが地上の天の川の川面に映るという。

「天と地を結ぶ。そのことを七夕の夜に水は教えてくれる。天と地が結ばれるということは永遠を知るということであり、平和の礎を築くということ。平和を祈れる自分になるために、自分を高めていくことが大切なのです。物事を一方的に見る時代は終わりました。今までは勝ち負けの世界でした。もう競争という時代は終わっています。多くの人が、早くそのことに気がついてもらいたいものです。人が変わればクニが変わります。世の中のみんなに幸せになってもらいたい。私の願いはそれだけ。アメリカ、韓国、中国、日本…。近いうちに、宗教的、科学的、哲学的に解き明かせる時代がやってくる。そうなったときに、地球は本当に平らになるんじゃないですかね。クニ単位ではなくなっていくと思います。

天と地を結ぶ水という存在。水はすべての生物の命を育んでいる。天川には清らかな水が流れている。だからこそ、飛鳥時代からこの地が特別な場所としてあり続けるのだろう。柿坂宮司は、最後にこう話してくださった。

「水は眼に見えますけど、眼に見えない神様と一緒です。教えられるものではなく、ひとりひとりが悟っていくことが大切なんですね。天・地・人、三位一体。生きることは大きな喜びです。今日をご縁に語り合いましょうや。難しい問題であっても、いくらでも解決法はあるもんな。森羅万象のなかには、難しいものは何もないんですから。我々人間が難しいと考えとるだけですから」

天川では、今日も一滴の水が生まれ、その水が川となって流れている。自然の循環が保たれている。



注釈 <大峯山系>
吉野・熊野にいたる大峯連峰は、縄文以前より古代の人々の原点であったといわれる。神武天皇は、今から2673年前に神奈備(かんなび)の天川の磐座(いわくら)に額ずき(ぬかずき)、「ひのもと」という言霊を受けられ、それが今の日本国という言葉の始めであった。以来、飛鳥時代に下り、大海人皇子(おおあまのおうじ)は天川の磐座に額ずき、飛鳥の宮を開いてこられ、天皇に即位された。



天河大辨財天社
日本三大弁天の一つで平安時代以後高僧貴顕の参詣が多く、特に南朝の崇敬が篤かった。中世末期頃弁才天信仰が盛んになると各地に末社が勧請された。また、能楽座の伝統でも名高く、芸道の神として尊崇されている。

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