福島で営まれる有機農業。地域の再建を目指して。菅野 瑞穂(きぼうのたねカンパニー)

ローカル(日本)

福島で営まれる有機農業。地域の再建を目指して。菅野 瑞穂(きぼうのたねカンパニー)

原発被災地である福島県で希望の種をまく人たちがいる。私たち消費者はその人たちのことをもっと知ろう。

文/写真=渡辺 亮

有機農業を推進してきた東和地区

東日本大震災以降、放射能の影響から逃れて移住した人が少なくないなかで、福島にとどまり、有機農業を中心とした地域振興に励む人たちがいる。菅野瑞穂(すげのみずほ)さんは、大学卒業後、生まれ故郷である福島県二本松市東和地区に戻り、農の世界に入った。そして、震災を経験し、さまざまな混乱のなか、地域の人たちとともに放射能と向き合い、検証を重ね、その結論として、<きぼうのたねカンパニー株式会社>を立ち上げた。

瑞穂さんが東和地区に戻ってきたのは、震災前の2010年。大学時代はセパタクローという、足でプレイするバレーボールの選手として日本代表になるほど活躍したり、学生と社会人がコラボレーションする企画などを運営するサークルの代表として活動するなど、精力的な学生生活を送っていた。卒業後の進路を決める際、セパタクローでさらに上を目指すことも考えたが、悩んだ末、福島に戻り農業の道で起業を目指すことを決めたという。

「ビジョンとしては、その時に振り返った時の、客観的にみた、この地域のことだったり、農業のことだったり、親のやっていることだったり。自分の身体に染み付いているものもあったし、いろんな人と出会うことで、農業に可能性とか夢をすごく感じていたので、それをうまく表現できるようなことをしたいなって思ったんです」と瑞穂さん。

旧東和町は1980年ごろから、農業の自立を目指し、産業廃棄物処理場やゴルフ場の建設に反対し、少量多品目栽培の有機農業を進めてきた地域だ。二本松市への合併を控えた2005年には、地域全体で有機農業を活性化させるため、<NPO 法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会>を発足。この初代理事長が瑞穂さんの父、正寿(せいじ)さんだった。その後、現在までに約30名の新規就農者を受け入れ、活動を続けてきた。

東和地区の里山風景

放射能と向き合う

大学卒業後、東和地区に戻った瑞穂さんは、正寿さんの元で有機農業を一から学び始めた。セパタクローも福島で仲間を募り、活動を始めていた。そんなさなか起きた東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故。東和地区も原発から50キロほど離れているが、放射能の被害を受けることになった。<NPOゆうきの里>が80カ所の空間線量を測ったところ、毎時0.4〜2.3マイクロシーベルトを検出。また、日本有機農業学会に所属する研究者らの調査では、「農地では放射性セシウムの90%が0〜5センチの表土に蓄積」、「場所によって、1キロあたり1000〜3万ベクレルと変動がある」ことなどがわかった。

ここから<NPOゆうきの里>と新潟大学の研究者らが、共同で農業復興に向け、田んぼの土壌、水、イネの放射能測定を含めた実態調査を始めた。実験ほ場は正寿さんと瑞穂さんが耕す田んぼだった。

「調査をしてわかったのが、昔から有機農業をやっていた田んぼでは、セシウムが土壌中の有機物や鉱物に吸着して、お米には移行しづらいということ。あと、放射性物質は、表土から5〜10センチの部分に降り積もっているので、しっかり耕せば、そのセシウムは拡散されて、混ざって、数値が下がることが実証されました」

さらに<NPOゆうきの里>が運営する「道の駅ふくしま東和」では、食品放射能測定装置を取り入れ、自主的に農産物の測定を始めた。

「今まで、6000検体くらいを検査してきました。2年目以降、ほとんど出ないと思っていいですね。今、出荷制限がかかっている山菜やキノコ類以外は、根菜類も果菜類も菜っ葉類も、ほとんど検出されないか、10ベクレルあるかないかです」

瑞穂さんは、定期的に放射能による内部被曝を検査するホールボディカウンターを受けたり、積算線量を測るためのバッチをつけたりするなど、農業従事者、生活者として細心の注意も払ってきた。

「取り込んでしまった放射性物質はしっかり排出すること。私はより良い日本の食生活を心がけています。私は今の『食』の問題について、放射能だけでなく、食品添加物だったり、海外から入ってくる安全性の低い食品だったり。そういう消費者教育が必要だなって思っています。福島のものを食べる、食べないということだけじゃなくて、食全体の知識というか、理解が必要です」

新潟大学農学部と共同で進められる放射性セシウム測定のための実験ほ場

希望の種をまく


2013年3月、瑞穂さんは3年の下積み期間を経て<きぼうのたねカンパニー株式会社>を立ち上げ、社長になった。道の駅やウェブサイトを通じて農産物を販売するほか、農作業の体験会などを実施している。まわりに同じ方向性を持つ20〜30代の若者も多く、その仲間たちと<やさいのラボ>という団体をつくり、農を中心とした地域振興に関する、さまざまなイベントの企画運営も行ってきた。

「震災があって、すべてをまわりのせいにしていたら、こういう人との繋がりとか、この地域の活力は生まれなかっただろうなと思います。だからどうやってこの地域の人たちと生きていくのかっていうのは、私の楽しみでもあるんです」

私たちは、この原発被災地である福島で真剣に農と向き合っている人たちのことをもっと知る必要があるのだろう。農のある美しい福島の風景は、日本人のふるさとでもあるのだから。


きぼうのたねカンパニー株式会社
米や野菜を中心とした農産物は道の駅やウェブサイトで販売され、定期的に開催している体験会では、日帰りから1〜2泊のツアーまで、季節を感じられる農体験が可能だ。コンセプトは「たねをまくことは、命をつなぐこと」。


道の駅ふくしま東和
二本松市の指定管理を受けて、<NPO 法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会>が運営する道の駅。地場産業の商品を販売したり、各種イベントやしめ縄や竹かごづくりなどの体験会も開催している。農産物は食品放射能測定器(検出限界6ベクレル/キログラム)で検査され、基準値50ベクレル(国の基準値は100ベクレル)以下のものが並ぶ。

参考資料/農と言える日本人 福島発・農業の復興へ 野中昌法・著(コモンズ)
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