京野菜と振り売り

ローカル(日本)

京野菜と振り売り

京都は1200年の都。そこでは都市文化が豊かに育まれ、そのひとつである京料理は京野菜が支えている。だが今日、京野菜があるのは1970年代の対抗文化に負うところが大きい。また、“振り売り”という販売は、現在も食品流通のサブ・システムとして脈々と生きている。

文・藍野裕之/写真・依田恭司郎

西洋野菜の普及への対抗

丸く大きな賀茂なす、瓢簞型をした鹿ヶ谷かぼちゃ、太く身の引き締まった堀川ごぼう……。俗にいう京野菜。“京の伝統野菜”と“京のブランド京野菜”というふたつの認定基準があり、両方に認定されている品目もあるが、いずれかに認定されているのは、現在のところ41品目だ。

京都は794年の平安遷都から明治維新まで、1200年もの長きにわたって帝の住まう王城の地であった。こうした古典都市と他の地域を比較するのは無意味といわれるかもしれない。都で育まれた伝統文化は、京都にとって大きな観光資源でもある。伝統を守るのだという意識が他の土地より強いのは当たり前だとも思う。

だが、京料理を支える京野菜であっても、存亡の危機は訪れたのである。第二次世界大戦後に、西洋野菜が広く普及していった影響を京都も受けていったのだ。伝統野菜の栽培は手間がかかり、また種苗の入手も難しかった。そのため、多くの生産者が栽培の楽な西洋野菜に移行していってしまったのである。

それでも、伝統野菜の価値の見直しが他の土地に比べて早かったのは、やはり京都らしいところだろう。復興に当たっては、京都府農業総合研究所を中心にした研究機関の果たした役割は大きい。農総研では、1974年に原種保存を開始した。日本でもっとも早かったといっていい伝統野菜の復興事業が始まったのだ。やがて、研究機関の動きに呼応して栽培に取り組む篤農家が少しずつ現われていった。こうして1988年になり、まず“京の伝統野菜”が定義づけられたのである。

その定義は全部で5項目からなるが、その中で注目したいのは、「明治以前の導入栽培の歴史がある」という項目である。冒頭に掲げた賀茂なす、鹿ヶ谷かぼちゃ、堀川ごぼうは、すべてこの項目に合致するが、やはりそれほど長い栽培の歴史があるのだ。それとともに驚かされるのは、第二次世界大戦後に起こった価値の転換だ。明治以前からの長い歴史など、ものともせずに駆逐してしまったのである。

昨年、ユネスコは和食を未来に残すべき無形文化遺産とした。伝統的な食文化を支えるのは、出汁の取り方などの調理法も重要な要因だが、伝統的な食材がなくては話にならない。伝統野菜も無形文化遺産のひとつ。京野菜は、その象徴だといっていいだろう。


大正から昭和初期にかけて活躍した鳥瞰図絵師、吉田初三郎の作品。1928年に描いたもの。

振り売りは近年まで大八車やリヤカーが多かった。得意先が元気かどうか、見回り役でもある。

農産物の行商“振り売り”

右図を見ると、京都は南以外の三方を山に囲まれた盆地だということがわかる。山が近く、宅地化は進展したが、その麓には耕作地が今なお広がっている。

鷹峯は、京都市の西北に位置し、金閣寺を北に2㎞ほど上ったところである。金閣寺が足利家の別荘であったことでもわかるが、鷹峯は自然の濃い山裾の町。桃山時代の末には、希代の芸術家にしてアート・プロデューサーだった本阿弥光悦が、後に琳派と呼ばれる一群の芸術家を集めて光悦村を築いた。とはいえ、西陣の繁華街から5㎞もないだろう。

こんな市街地近くに樋口農園がある。樋口昌孝さんは14代目。近隣の住民から慕われ、また、野菜の出来に惚れ込んで毎朝仕入れにくる料理人もいる。

「有機野菜はいいですよ。しかし値段が高くなるのは考えものでしょうね。高くしてはいけない。うちは減農薬ですよ。国の農薬基準の半分の量で充分にいい野菜ができる」

畑には、京の伝統野菜である金時人参が育っていた。根の収穫には早く、若い芽の間引きの時期だった。人参の葉は、京都のおふくろの味のひとつである。おひたしや和え物になる。若い芽は香りが高いうえ柔らかく人気だ。

そんな樋口農園を支えてきたのは、女衆による振り売りだった。京都には、中央卸売市場と錦市場というふたつの大きな市場があるが、市街地近くの農家は市場に卸すだけでなく古くから行商を行なってきた。



樋口昌孝さん。「大八車を中心に料理の情報交換もしたんです」と語る。農と食への思いは強い。

振り売りは、天秤棒に商品を載せて売り歩く行商で、たいていはお客の家を訪ねる訪問販売だ。ちなみに、道端などで売るのを立ち売りという。大都市では江戸時代に盛んになったが、食料品でいうと江戸は魚が多く、京都は野菜が多かった。天秤棒だったものは時代とともに、大八車、リヤカー、軽トラックへと変わっていった。京都市の農業振興センターや農協の調べでは、京都市内で振り売りを実践する農家は、2012年で110軒もあったという。

こうした統計に、小浜智久さんは入っていないはずだ。彼は振り売りと立ち売りを行なうが、販売専門だ。山科から東山を越えて市中を売り歩くようになって5年目だという。

「スノーボードに熱中し、雪を追いかけて7シーズン。そのうちに自然をリスペクトするようになって、農業がやりたいと思うようになりました。それで農業訓練校にも通い、農家に弟子入りもしましたが、農家の方から耳にしたのが販路の問題。多くの人が悩んでいたので、ならば自分でやってやろうと無店舗販売を始めました」

生産者から市場、そして卸や小売が流通のメインとしたら、振り売りは野菜流通のサブシステムであり、地産地消に貢献するものである。京都には、これが今も生きているのだ。


小浜智久さん。京都府内では南丹市が主な仕入れ先。仕入れは週に2回行う。また親交のある岡山の農家や長野の農家から仕入れることもあるという。秋の初め、小浜さんが扱っていたかぼちゃは、一般的なものと鹿ヶ谷かぼちゃ。正月前は堀川ごぼうなど、顧客の希望に沿って京野菜も扱う。

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