日々トリップ・リターン no.2 たどりついたら祝島 川内一作

トリップ(旅)

日々トリップ・リターン no.2 たどりついたら祝島 川内一作

東京に四〇年も住んでいると、本州の西端にあるふるさとのあの町が、地球の果てのように思えて自分にはひどく遠くに感じる。お手軽に楽しむだけなら、いっそ九州まで飛んだ方がよほど面白いにちがいない。しかし自分の生家がある山口県の瀬戸内、いわゆる周防と呼ばれるあのあたりにこれまでほとんど立ち寄らなかったのは単に遠い近いのことでもなかった。
 
君のイナカはどこですか?
山口県の由宇という町です。
ユウ? どう書くの?
自由のユウに宇宙のウと書きます。
へえー、素敵な名前だね。
いやァ、ただ瀬戸内海に向いた何もないダラケた町です。
 
四〇数年前に上京して自分は生家のあるあの町のことを事あるごとにそう答えてきた。そして酒が入り調子にのると自分は帰らないふるさとの自慢バナシをするのだ。

「あの町は海と山と川しかないくだらない町ですがそんな町一番のイベントは秋の運動会です。町ぐるみのお祭りみたいなもので、町中の人たちが豪勢なお重をかかえて集まってきます。運動会はまず町長さんの挨拶から始まります。町長さんはちょっとカエルのような顔をしていますがエライのです。ウオッホン、ワシが町長じゃが、由宇町の人間はいつも悠長になさっとって大変ええことですが、今日は徒競走もあることで、あんまり悠長になさっても困りものじゃが。と毎年寒いギャグを連発します。当時は町を馬車も牛車も走っていて、まだ舗装されていない土の道に馬も牛もクソをたれます。運動会の前になるとオレ達は乾燥した馬の糞を裸足になって踏むのです。足が早くなるようにというおまじないでしたが、間違っても牛の糞を踏んではイケナイ。そんな町のそのようにマヌケな中学校でオレは剣道部に入り、二年生のとき県大会で優勝してちょっとした町のヒーローになりました。山の上には八幡様がありその近くの丘に初恋の子が住んでいました。そのずっと奥のみかん畑のそばに粗末な小屋があり、そこにはブラジルから帰って来た元移民の家族が住んでいて、そこ方の娘も同級生でした。その娘は歳はひとつ上でしたが、ブラジル帰りということでひとつ下って同じ学年になったのですが、やはりカラダはひとまわり大きい。オレは剣道の稽古が終わると毎日遠まわりして初恋の子が住んでいる家の前まで行くのですが、彼女を呼び出すこともできずに通り過ぎて、ブラジル帰りの娘の家へ遊びに行くのです。そこ方は洋行帰りでもあるし、楽天的なブラジル気質が染みついている優しい娘で話し安かったのです。貧しい家でした。水道も電気もなくて、清水が水がめに溜まるように工夫されていて、ロウソクの灯りで生活をしていました。ある時、家の人がいない夕暮れにそこ方へあがって水ガメで冷やしたびわを娘と向いあって食べていました。まだロウソクもついていない薄暗い家のなかでオレは初めて発育のいい娘の胸をすぐに感じてドキドキしたのです。あの娘は八幡様の神楽っ子じゃで、八幡様の裏山でなんぼでもヤラしてくれよる、ちびーっとお賽銭あげにゃいかんがのう。そんな噂話しがたったのは中学校が終わる頃でした」

ひとつの想い出が、しゃべっていくあいだに勝手にひとり歩きをはじめていく。本当なのかマボロシなのか自分でもときどき分からなくなる。酔いがまわるにつれ、ふるさとのハナシはエスカレートして、ウソつきいっちゃんはますます得意気に東京の友人に自分のふるさとを語っていくのだ。

絵・エンドウソウメイ

自分がやっている西麻布の「新世界」というライブハウスで「祝の島」を何度か上映した。瀬戸内の周防灘の離れ小島、祝島でまきおこった原発問題。島から四キロのところにある半島に原発誘致のハナシが持ちあがったのは一九八二年のことで、以来静かな島は反対派と賛成派でまっぷたつにわかれていく。「祝の島」は原発問題にゆれる島民の行動を克明に記録しながらも、島の生活とじっくり対峙しているドキュメンタリィである。その祝島は自分の生家がある由宇からは近い。由宇から山陽本線で柳井港まで十五分、柳井港から祝島まで高速船で一時間である。船の時間ほどに実際の距離はさほどなく、海をへだてて周防大島があり、祝島はそのすぐ真裏に位置することになる。それほど近いにもかかわらず自分は由宇に暮らしていた少年期に祝島へ渡ったことはなかった。由宇と祝島は同じ海でつながっている。この海で獲れる魚も同じだ。つまり自分にとってふるさとの原風景は祝島も由宇も変わらないのだ。祝島の隣、上関に原発誘致のハナシが持ちあがった三〇年前自分はすでに東京で暮らしていた。政治のことなどカンケイないアングラな生活を続けている自分でさえあのとき祝島へ行かなければいけないと思った。しかし、ふるさとに帰らないくせにふるさとを守らなければ、という妙な使命感がわいていたにもかかわらず自分はこれまで祝島へ行くことはなかった。あれからどれだけ時間が経っただろう。

ああもっと早くこの島にやってくればよかった。

三〇年という時間を経てやっとこの島へたどり着いたことを自分はすこしばかり後悔した。しかし、やっと、たどり着いたこの島は三〇年前から自分を待っていたのだ。自分はつかのま島の暮らしを楽しむことにした。

島には小さな船着場があり船着場からすぐの旅館に宿泊した。旅館の前のベンチに座り一日中、海とトンビと島の人を眺めて暮らした。船着場には柳井港から、朝、昼、夕、と三度高速船がやってくる。出船入船のたびに島の年寄りはそぞろ船着場へ集まってくる。島の年寄りは爺さんよりもお婆ァの方が元気である。それは世界中どんな島へ行っても例外なくこの島とて同じこと。

最終便がやってくる夕方はひと日の終わりのちょっとした祭りだ。解放で猥雑なお婆ァたちのおしゃべりと笑い声がわきあがり、漁のひけた爺さんたちは自分と同じようにそこいらに座り、お婆ァたちのおしゃべりを聞いているのか、海を眺めているのか、茫漠とタバコをふかしているだけだ。夕暮れの海は平たんで、屹立とした雲に夕陽が赤く反射している。最終の船が島を去っても、まだお婆ァたちはそこにとどまり、陽が落ちるまでその日の名残りを惜しむかのようにおしゃべりを続けて、やがてひとり、ふたりと家路につく。薄暮の船着場にひとり残された自分の耳の奥では、まるで魔法使いのようなお婆ァたちのひそひそ話しがまだ鳴っている。

「たまげるよ。アベさんは周防の人なのになんでまた原発動かすんじゃろか、東京におってゼイタクしとりんさるけ、なんも分からんのじゃろ」
「今年はびわがようできたけ後であんたんとこに持っていっちゃろ、カラオケしよか、タバタヨシオがええのう」
「明日ちょっと柳井まで行ってくるけぇ、何しにゆうて、馬鹿たれじゃのう、彼氏に会いに行くに決まっちょろう」

自分は魔法使いのお婆ァたちの毒リンゴを食らって楽園の淵をぐるぐるまわっている。東京から祝島へやってきてまだ三日しか経っていない。対岸には自分のふるさとがある。あの町へ帰ろう。あの町へ帰って自分がでっちあげたあの町の住民と自分自身に会いに行こう。

祝島、ここがウワサのパラダイス
入場料金はあなたのココロ次第でございます。

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