学びと癒しの道   古えから未来へつなぐ 世界遺産・熊野古道

トリップ(旅)

学びと癒しの道 古えから未来へつなぐ 世界遺産・熊野古道

文/写真 ・ 渡辺 亮

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産に登録された熊野古道。紀伊山地は、神話の時代より神々が棲む聖域とされてきた。本宮・新宮・那智の熊野三山への参詣は平安時代中頃から始まり、室町時代まで盛んに行われ、江戸時代に入ると、伊勢詣と並んで広く庶民が行うようになった。人々は現世の苦しみから癒され、また来世の幸せを願おうと熊野を訪れたのだ。

台風明けの10月17日、熊野古道の魅力に触れるため、最も多くの参拝者が利用したとされる中辺路を歩いた。この日、案内してくれたのが、語り部の関秀治さん。

出発地点は、発心門王子。王子社とは、熊野権化の御子神さまを祀っている社を指す。数多く存在する王子社のうち、発心門王子は、とりわけ格式の高い五体王子の一つとされ、熊野本宮の聖域の入口にあたる。

発心門王子を後にして、ひとたび山の道に踏み入れば、空に向けて整然とのびるスギやヒノキの静かな林に包まれる。視界が開けたところで、遠くにみえるのは、紀伊山地特有の波打つような山並みだ。

熊野古道は場所によって、整備された時代が異なるという。部分的に石畳が敷かれたところがあるが、熊野は非常に雨が多く、道の土が流れてしまうのを防ぐためだったそうだ。長い歴史のなかで、この道は何度も補修され、時にはルートも変わり、現代に至っている。


伏拝王子から大斎原の大鳥居を望むことができる。

和歌山県では、4年前から観光客を集めてボランティアで補修作業をしてもらう道普請のツアーを実施している。そのツアーは、一般市民や企業のCSR活動などを対象に頻繁に行われている。作業の合間に語り部から熊野古道の解説をしてもらえるということもあり、毎回多くの人が参加するという。

熊野本宮に向かう中辺路のなかで、はじめて熊野本宮大社が望めるのが、伏拝王子。昔の人が過酷な旅路の果てにこの場所で、地に伏して熊野本宮を拝んだといわれる。ここで和泉式部が詠んだ歌が逸話として残されており、その内容は、身分、性別、宗教を問わず、人々を受け入れてきた熊野の神の懐の深さを伝えている。

伏拝王子からは緩やかな下りの道になり、三軒茶屋跡、祓所王子を経て、現在の熊野本宮大社に辿り着く。荘厳な社殿を前に参拝した後、関さんが熊野本宮大社で神の使いとされる八咫烏について説明をしてくれた。八咫烏の体は太陽、足は三本でそれぞれ、天と地と人を指しているという。つまり、神様、自然、人がバランスよくこの地にあるということだ。それが来訪者を魅了させてきた理由だという。

最後に明治時代の大洪水前まで社殿があった大斎原に向かった。本流熊野川を含めて3本の川が合流する中州にある大斎原は、千数百年にわたり、参拝者が目指してきた終着点だ。敷地の中央に2基の石祠が建ち、そのまわりは芝生が広がり、木々が点在する空間になっている。

空を仰ぎみる。体のなかでは、何とも言えない開放感と満ちあふれる充足感を感じていた。

取材協力:和歌山県観光連盟


10万人の参詣道環境保全活動 世界遺産環境保全トレッキング
参詣道の保全活動トレッキングは、平成21年度から開始し、2013年で5年目を迎える。熊野の魅力を感じながら保全の重要性まで知ることのできる、世界遺産を未来につなぐボランティア活動だ。2013年10月12日に実施された道普請(保全活動)には、186名が参加。約7割が女性で、8割が20〜40代。また、8割が県外からの参加だった。今回は、伏拝王子付近と祓所王子付近の2ヶ所において、合計4トンの土を使用して道の補修を行った。

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